虹たちました

【これは、1996年に高校演劇部の上演用に書いた演劇台本です】

平凡な家庭の女子高生の兄が、ある日自殺した。理由は分からないままだったが、どうやら兄は、女子高生の友人と交際していたらしく、妊娠させていたという事実も分かってくる。当初は混乱していた彼女だったが、その友人と語り合う中で、兄の死を乗り越え、成長して行く。 

 

  〈登場人物〉

    藤野陽子
    榎本有希
    佐川真由子
    桜井絵美子
    男1・小谷裕生
    男2・野田泰正

      バス停。
      制服を着た女子高生(有希・絵美子)が二人立っている。
      二人とも傘をさしている。雨降りの朝だ。
      一人(絵美子)が足下を気にしている。

有希   何してんの?
絵美子  なんかしみてるみたい。
有希   え?
絵美子  靴‥‥。水しみてんのちゃうかな。
有希   えー?
絵美子  (足を確認する)わあ、やっぱりしみてるー!
有希   何それ? 安もんちゃうん?
絵美子  ちゃうて。‥‥わー、うっとし。‥‥毎日降るし、乾かへんねん。
有希   あんた、靴、一足しか持ってへんの?
絵美子  あるけど‥‥。これやないと嫌やねん。
有希   それでも、しみる? ふつう。‥‥やっぱり、安もんちゃうん?
絵美子  ちゃうて! 二万五千円してん。
有希   あんた、靴に二万五千円も出すの?
絵美子  そやから、毎日はいてんの。
有希   何それ。‥‥そういうの、おしゃれなんか、貧乏くさいんかわからへんな。
絵美子  ええやろ。‥‥わー、もう、帰ろかな。
有希   バッタもんちゃう?
絵美子  え?
有希   それ、バッタもんやで、きっと。
絵美子  そんなことないって。
有希   よう、あるらしいで。‥‥うちのお姉ちゃんも、エルメスのバッタもんつかまされてん。
絵美子  保証書ついてたもん。
有希   保証書かて、バッタもんの保証書ついてるらしいで。
絵美子  そんなん‥‥。(と、靴をまじまじと見つめる。)やっぱり、帰ろかな。
有希   もうバス来るで。
絵美子  えー、そうかて、気持ちわるいし。
有希   ‥‥しみんのが? バッタもんが?
絵美子  どっちも。

      サラリーマン風の男(男1)がやってくる。

      二人の背後に潜り込むようにして、バスの運行ダイヤを確かめる。
      女子高生、しばし、会話がとぎれる。
      自動車の走る音。

絵美子  ‥‥先、行っといて。はきかえてくるわ。
有希   あかんて。遅刻防止週間やん。
絵美子  え?
有希   今日から、校門に立ってるで。
絵美子  ‥‥うわ、最悪。

      もう一人、サラリーマン風の男(男2)が、小走りにやってくる。


男2   あ、おはようございます。
男1   おはよう。
男2   まだ、行ってません?
男1   四十三分?
男2   ええ。
男1   まだ‥‥みたいやね。(と、時計をのぞく)
男2   ああ、助かった。
男1   遅れてるみたいやね。もう時間、過ぎてるし。
男2   ちょっと、寝坊してしもて。
男1   ‥‥俺も。
男2   ‥‥ああ。
男1   このバス、遅れるし、いつも。‥‥もう来るんちゃうかな。

      時ならぬ軍歌が聞こえてくる。右翼の街宣カーがやってきたのだ。大音量で軍歌を鳴らしながら、バス停の前を通り過ぎる。
      絵美子は耳をふさいでいる。

有希   あんた、やめとき。右翼のおっさんににらまれたらどうすんの。
絵美子  むちゃくちゃうるさいやん。何考えてんねん。
有希   そやけど、やめとき。ああいうの、元ヤンキーみたいなん、多いらしいで。
男1   朝っぱらからこんなとこ走って‥‥なんかあるんかな?
男2   騒音条例とかあるでしょ。何で取り締まらへんのかな。
男1   七時過ぎてたら、ええんとちゃうかな。‥‥選挙の時とかでも、朝からうるさいし。
男2   でも、むちゃくちゃ音大きいし。
男1   なんか、いろいろあるらしいで。ウラの方で。

      女子高生(真由子)が走ってくる。

真由子  あれ、まだ来てへんの、四十三分?
絵美子  おはよう。
有希   あんた、何してんの!
真由子  わー、ラッキー!
絵美子  寝坊したん?
真由子  うん。起きたら三十分やってん。もう、びびったわー!
     ‥‥ああ、しんど。(と、しゃがみこむ)
有希   あほやな。今日から遅刻防止週間やで。
真由子  ‥‥わかってるって。‥‥わかってるし、ダッシュしてきたんやん。‥‥ああ、死にそうや。

      パトカーが走って来て、通り過ぎる。

絵美子  ‥‥右翼、つかまえに行くんかな。
有希   ちゃうやろ。‥‥事故ちゃう?
真由子  何それ?
絵美子  さっき、右翼走って行きよってん。
真由子  ああ、うるさいの行きよったな。

      パトカーと救急車が通り過ぎる。

有希   ほら、やっぱり事故やて。
男1   事故みたいやね。
男2   (時計を見て)‥‥ちょっと、遅ないですか?

      女子高生たちも、いっせいに時計を見る。


有希   もうすぐ八時やん!
真由子  やばいんちゃう?
絵美子  バス遅れてるんやし、しゃあないやん。
有希   証明書もらお。バスの運転手に言うたら、くれるやろ。
真由子  そんなん信じるかな? 早めに出ろとか言うんちゃう?

      救急車がもう一台通過する。

男1   ‥‥なんか、大きい事故みたいやな。
真由子  ‥‥事故で遅れてるんやろか?
絵美子  きっとそうやわ。
有希   事故で遅れてるんやったら、絶対証明書もらえるで。
真由子  それやったら、ついでに何時間も遅れたらええのに。
有希   あんた、むちゃくちゃ言うな。
男1   (時計を見て)困ったなあ。
男2   え?
男1   朝イチにファックス届くんや。連絡入れとかんと‥‥もう、会社、誰か来てるかな?
男2   ‥‥平田さんとか。
男1   えー、課長?
男2   鮎川さん、課長苦手なんですか?
男1 いや‥‥そういうことでもないけど‥‥。
真由子  見に行こか?
絵美子  え? 何?
真由子  事故。あんまり遠くちゃうみたいやで。
有希   あんた何考えてんの。
真由子  そやけど、どうせ遅刻やん。
絵美子  バス来るで。
真由子  来いひんて。さっきから、あっちから車全然来てへんやん。

      女子高生、みんなで救急車が向かった方角を眺める。

男2   電話しとかはったら?
男1   まあ‥‥そうやけどな。オレ、課長の番号知らんしな。
男2   僕知ってますよ。教えましょうか?(と、携帯を取り出す)ええっと、ああ、これですわ。
男1   ああ、ありがとう。(と携帯を受け取り、番号を手帳にメモする)
男2   そんなん、メモなんかせんでも、直接かけたらええですやん。
男1   いや‥‥向こうに番号知られてしまうしな‥‥。公衆電話でかけるわ。
男2   え‥‥そんなに課長嫌いなんですか?
男1   いや‥‥オレ、プライベートと仕事は分けたいねん。
男2   ふーん。‥‥それやったら、非通知でかけたら?
男1   そんなん不自然やん。
男2   今時、公衆電話でかけるのも不自然ですよ。
男1   まあ、ええやん。携帯忘れたことにしたら。
男2   でも、公衆電話なんか、この頃ありませんよ。
男1   そやなあ。
男2   あ、確か、向こうのコンビニの所にありましたわ。
真由子  ほなら、ちょっと行ってくるわ。‥‥そや。‥‥(携帯を取り出して)これで現場中継したげるわ。
有希   ほんま、好きやな。
真由子  ほな、ちょっとテスト。

      真由子、携帯を発信する。
      絵美子のバッグの中で着信音がする。

絵美子  (バッグから取り出し)はい。もしもし絵美子です。
真由子  もしもし、ニュースレポーターの佐川真由子です。それでは現場まで行って来まーす。
有希   そんなん、声できこえてるやん。

      真由子、話しながら去る。

絵美子  ‥‥もしもし、まだ見えてます。‥‥今、信号が青になりました。‥‥横断歩道を渡ってます。‥‥渡りました。‥‥あ んまり走ったら、こけるで‥‥。
男1   ‥‥ほなら、ちょっと、電話してくるわ。
男2   そしたら、ついでに、僕のことも言うといて下さいね。
男1   ああ。

     男1、去る。

絵美子  それで?‥‥うん‥‥うん‥‥え? ちょっと聞こえにくい。ごめん、もういっぺん言うて。‥‥うん‥‥‥‥‥‥全然走ってへんの? 一台も? ‥‥うん‥‥‥うん‥‥え? どうしたん? 何? ‥‥‥‥‥そんなんいらんて、朝から。‥‥え?(有希に)イチゴレモン飲むかって。
有希   何それ?
絵美子  ジュース。
有希   ええわ。
絵美子  いらんて。‥‥うん‥‥あんた一人で飲んだらええやろ。今のどかわいてへんねん。
有希   バスくんの?
絵美子  ああ、バス来そう?‥‥‥‥え? あんた何しに行ってんの?     ‥‥うん‥‥もう、勝手にしたら。‥‥うん‥‥それじゃ、またね。(携帯を切る)
有希   来るって?
絵美子  ようわからんて。
有希   何してんの、あの子。
絵美子  イチゴレモン飲むねんて。
有希   何それ。‥‥ダッシュなんかするからや。
絵美子  公園の向こうの辺からは、車来てへんみたいやって。
有希   ふーん。
絵美子  大きい事故みたいやね。
有希   そやね。‥‥学校にも電話しといたら?
絵美子  えー、嫌や。
有希   なんで?
絵美子  生徒が電話したら、すぐ生徒部につなぎよるやん。
有希   しゃあないやん。
絵美子  事故や言うても信じひんて。
有希   バス会社に聞いて下さい、って言うたら?
絵美子  ほんなら、あんたして。
有希   えー。
絵美子  ほら。

      もう一人、女子校生(陽子)がやってくる。違う制服を着ている。

絵美子  あ。
陽子   おはよう‥‥。
絵美子・有希  おはよう。
陽子   ひさしぶりやね。
絵美子  ‥‥一瞬わからへんかったわ。
有希   ‥‥けっこう似合てるやん。
絵美子  うん、似合てる。
陽子   そうかな。‥‥やっぱりダサいわ。
有希   意外と、そうでもないで。
陽子   そうかな。
絵美子  元気そうやね。
陽子   うん、まあ。
絵美子  ‥‥慣れた?
陽子   うん、‥‥ちょっとは。‥‥(時計を見て)時間、大丈夫なん?
有希   なんか事故あったみたいやねん。公園の向こうで。それで、四十三分のやつがまだ来てへんねん。
陽子   へえ。
絵美子  陽子は、大丈夫なん?
陽子   わたし? ‥‥わたしは適当。
絵美子  え?
陽子   適当に遅れたり、休んだり‥‥。
絵美子  えー、そんなん、ええの?
陽子   そういう子、けっこういるねん。でも、わりとちゃんと行ってるよ。
絵美子  ふーん。
陽子   みんな、元気?
有希   ああ‥‥まあ、あんまり変わらへんわ。‥‥そや、亜由美、中間で赤点いっぱいとって、塾行かされてんねん。
陽子   亜由美が?
有希   うん。
陽子   クラブどうすんの?
有希   適当にサボってるみたいやで。
陽子   クラブ?
有希   塾。
陽子   ハハ、そやろねー。
有希   それでも、レギュラーやばいんちゃうかって、けっこう‥‥

     携帯鳴る。

有希   真由子や。

      絵美子、携帯を取り出す。

陽子   真由子?
有希   現場中継してんねん。
陽子   え?
絵美子  もしもし、あ、真由子? ‥‥え? ‥‥うん‥‥それで? ‥‥うん‥‥うん‥‥うわあ、えぐいなあ‥‥それで、バスどうなん? ‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥へえ、どうしょうかなあ? あ、そや、陽子来てんねん。え? ‥‥うん、バス停。学校に行くみたい。‥‥‥うん‥‥‥みたいやね。話する?‥‥うん。真由子。(と、携帯を陽子にわたす)
陽子   もしもし‥‥‥うん、ひさしぶり。どこにいんの? ‥‥‥え? ‥‥‥そんなとこで何してんの? ‥‥‥うん‥‥‥うん、それは聞いた‥‥‥うん‥‥‥あいかわらずやねえ。え? ‥‥‥うん、まあまあって感じ。‥‥‥そう‥‥‥‥ううん、そんなことないよ‥‥‥ほんまやて。友達もいるし。‥‥‥うん‥‥‥大丈夫やって。‥‥‥うん、ありがとう。え? ‥‥‥それじゃ、代わるわ。(絵美子に)代わってって。
絵美子  もしもし‥‥‥うん‥‥‥それやったら、しゃあないやん。帰って来いな。‥‥‥うん‥‥‥待っといたげるし‥‥‥うん‥‥‥じゃ、バイバイ。(と、携帯を切る)
有希   何やて?
絵美子  なんか、トラック同士らしいわ。トラックが横からぶつかって、それで、一台こけて横倒しになってるねんて。
有希   へえ。
絵美子  それで、こけてる方のトラックが、道を完全にふさいでんねんて。
有希   へえ‥‥。死んだんかな、運転手?
絵美子  さあ‥‥。でも、運転席がグチャグチャで、血がベターって流れてるらしいで。
有希   うわ、えぐー。
絵美子  えぐいやろ?
有希   それで、バスは?
絵美子  なんか、むちゃくちゃ渋滞してるって。全然動いてへんみたい。
有希   それやったら、もうバス永久に来いひんな‥‥。どうする?
絵美子  今から真由子帰ってくんねん。それから相談しよって。
有希   ふーん。‥‥陽子はどうすんの?
陽子   どうしよう? ‥‥休もかなあ‥‥。
絵美子  ええなあ‥‥。私らもサボろか? みんなで遊びに行かへん?
有希   遅刻防止週間やで!
絵美子  そんなん、もう完全に遅刻やん!
有希   冗談やて。‥‥あかんねん、三時間目、英語のテストやねん。
絵美子  あ! そや、うちも四時間目や。‥‥靴だけでも替えに帰ろかな‥‥。
有希   バッタもんの靴?
絵美子  うるさいな。ちゃうわ!

     男1が戻ってくる。
     陽子の前まで歩いてきて、話しかける。

男1   ちょっと時間ある?
陽子   これから?

     そこは、ハンバーガーショップの店内。

小谷(男1)  うん。
陽子   三十分ぐらいやったら‥‥。
小谷   三十分、か‥‥。そんなら、ここでえっか。
陽子   店、閉めんでええの?
小谷   ええの。‥‥今日は俺が店長代理やから。
陽子   あ、そっか。

     小谷、イス(実はバス停のベンチ)にすわる。

小谷   すわったら?
陽子   うん。(すわる)‥‥何?
小谷   別に、何ってことはないけど‥‥。
陽子   ふーん。
小谷   ‥‥疲れた?
陽子   ちょっと。
小谷   今日、多かったしな。
陽子   うん。
小谷   ‥‥おばはんの団体きよったやん。
陽子   ああ‥‥。何あれ? 葬式帰り?
小谷   うるさいし、ケバいし、ねばりよるし‥‥。
陽子   文句ばっかり言うし。
小谷   あーゆーの、かなんな。
陽子   うん、あーゆーの最低。
小谷   ‥‥今度の日曜日空いてる?
陽子   日曜?
小谷   ドライブ行かへん? 久しぶりに。
陽子   バイト入ってんのちゃうの?
小谷   休むやん。‥‥陽子オフやろ?
陽子   あ。チェック入れてるんや。
小谷   あたりまえやん。店長代理やもん。
陽子   日曜なあ‥‥。
小谷   何かあんの?
陽子   あるといえばあるし、ないといえばないような‥‥。
小谷   何?
陽子   ヒミツー。
小谷   えー! ‥‥この頃多いんちゃうん?
陽子   何?
小谷   ヒミツー。
陽子   そうかな。
小谷   そうやて。
陽子   ま、いろいろあるねん。‥‥女子高生は忙しいねん。大学生とちごて。
小谷   はいはい、どうせ大学生はヒマです。
陽子   冗談やん。おこらんでもええやん。
小谷   おこってへんて。‥‥ほな、土曜日は?
陽子   土曜? ‥‥土曜もあかんわ。
小谷   ヒミツー?
陽子   バイト入ってるやん。それから塾。
小谷   サボれへんの?
陽子   先週サボったし。
小谷   ふーん、そーかー。
陽子   ごめん。
小谷   ええけど‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥えらい、忙しいんやな。
陽子   うん‥‥、そうかな。
小谷   そうやて。そんな忙して、嫌にならへん?
陽子   え?
小谷   そんだけいろいろスケジュール入れてたら、好きなことできひんやん。
陽子   そうでもないで。テレビとか見たり、買い物とか行ったりしてるし。
小谷   ふーん。‥‥好きなことって、そんなん?
陽子   え?
小谷   他にやりたいこととかないの?
陽子   あー!
小谷   え?
陽子   やっぱりおこってるやろ?
小谷   え? おこってへんて。
陽子   いいや。おこってる。
小谷   ほんま、おこってへんて。
陽子   ほんまにほんま?
小谷   うん。
陽子   ‥‥ほなら、なんで?
小谷   え?
陽子   なんでお説教みたいなんするの?
小谷   お説教?
陽子   もっと高校生らしく充実した青春やりなさい、とか言うの?
小谷   ‥‥別に、そんなこと言わへんて。
陽子   そうかなー?
小谷   言わへんて。
陽子   ほんま?
小谷   あたりまえやろ。俺、別に親でも教師でもないもん。
陽子   ふーん。
小谷   信じてへんやろ。
陽子   うん。
小谷   イヤなやつやなあ。しまいにおこるぞ。
陽子   マジ?
小谷   マジ。
陽子   そっか。
小谷   もう、その話題はやめ!
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥‥。
陽子   ‥‥教えたげよか?
小谷   え?
陽子   高校生らしく充実した青春やってへんわけ。
小谷   ‥‥‥。何それ?
陽子   それはねえ‥‥。
小谷   うん?
陽子   好きなことがないねん。
小谷   え?
陽子   やりたいことがないんですぅ。
小谷   ?
陽子   それだけ。
小谷   ‥‥何それ?
陽子   私、かわいそうな子やねん。夢も希望もない、心のまずしいあわれな女子高生やねん。‥‥そう思わへん?
小谷   自分で言うか。
陽子   自分で言うからエライんやん。
小谷   おまえ、エライの?
陽子   エライ、エライ。店長代理にこきつかわれて、肩も腰もえらいえらいわ。
小谷   もう、しょうもな。

     有希がやってくる。

小谷   あ‥‥、まだいたん?
有希   忘れ物して‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   もう、閉めようかって思ってたんやけど‥‥。よかったやん。間にあって。
有希   はい。
小谷   ‥‥ほなら、ついでで使こてわるいけど、三人でチェックしよか。
陽子   ‥‥はい。
小谷   かまへん?
有希   ええ。
小谷   そやな‥‥陽子ちゃん、一階見てきてくれる?
陽子   はーい。

      陽子去る。
      小谷と有希、後片づけを始める。

小谷   悪いね。
有希   別に‥‥。
小谷   もうほとんど終わってるし。あとゴミ捨てるぐらいやから。
有希   ‥‥‥。小谷さん、いつも、こんな時間まで残ってやったはるんですか?
小谷   まあ、だいたい‥‥。今日は店長いいひんし、陽子ちゃんに手伝ってもろてん‥‥。
有希   ああ。
小谷   何忘れたん?
有希   ポーチ。定期入れてて。
小谷   ふーん。
有希   駅まで行って、気づいて。
小谷   へえ。‥‥走ってきたん?
有希   もう、あかんかなあって思たんやけど‥‥。
小谷   あかんかったら、どうするつもりやったん?
有希   タクシーかな?
小谷   どのくらいかかんの? タクシー。
有希   一二〇〇円ぐらい。

      陽子が戻ってくる。

陽子   一階おわりましたー。
小谷   ご苦労さん。さ、帰ろか。‥‥二人、家、近所やったっけ?
陽子   けっこう近くやね。
有希   うん、四〇〇メートルぐらい。
小谷   それやったら、送ったげるわ。
陽子   ラッキー。
有希   すみません。
小谷   一二〇〇円浮くやん。
陽子   え?
小谷   タクシー代。
陽子   ああ。
小谷   ほなら、消すよ。出てや。

      陽子、有希、去る。
      小谷が電気を消す。

      暗転。

      テレビの音声。
      明かりがつくと、そこは真由子の部屋。
      野田がねそべって、テレビを見ている。
      そばに真由子がすわっている。

野田   灰皿、ない?
真由子  えー、タバコすうの?
野田   うん。
真由子  すわんといて。
野田   何で?
真由子  部屋タバコくさなるやん。
野田   窓開けたらええやろ。
真由子  あかんて。匂いこもるもん。私がすうたと思われるやん。
野田   すうたらええやん。
真由子  何言うてんの。‥‥それと違ても、あんたといたら、家入る時、匂い消すのに苦労してんのに‥‥。
野田   おまえのおかん、文句言いよんの?
真由子  言わへん。完璧に消してるし。‥‥気づいてるかもしれんけど‥‥。
野田   ふーん。そんなわかるか?
真由子  わかるわ。すってへんかったら、すぐわかる。
野田   ふーん‥‥。
真由子  ‥‥‥。

      テレビを見ている。

真由子  ‥‥ジュース飲む?
野田   うん。

      真由子、ジュースを取りに去る。
      野田、テレビを見ている。
      真由子がジュースを持って来る。

真由子  はい。
野田   うん。

      二人、ジュースを飲みながらテレビを見ている。

野田   トイレ、どこ?
真由子  階段下りて、右側。

      野田、去る。
      真由子、しばらくテレビを見ているが、やがて消す。
      野田が戻ってくる。

野田   あ、何で消すねん。
真由子  ええやろ。
野田   何で。
真由子  ヒマや。
野田   何が。
真由子  ‥‥テレビ見に来たん?
野田   そら、ちゃうけど‥‥、今、途中やん。
真由子  家で見たらええやん。
野田   あ‥‥そういう言い方するか。
真由子  する。
野田   ケチ!

      野田、横になる。
      やがて、仰向けになる。

野田   はいざらぁ‥‥。
真由子  あかんて言うてるやろ。
野田   あーあ‥‥。タバコはすえへんし‥‥、テレビも見れへんし‥‥。地獄やぁ‥‥。
真由子  タバコはすうし、テレビは見るし‥‥。あんた不良やな。
野田   何でテレビ見んのが不良やねん?
真由子  不良や。ヤンキーや。
野田   おまえ、もしかして、すねてんの?
真由子  ‥‥‥。
野田   ‥‥‥。

      沈黙。

野田   ‥‥おこってんの?
真由子  ‥‥‥。
野田   マジでおこってる?
真由子  おこってる。
野田   ‥‥‥。‥‥何でおこってんの?
真由子  ‥‥‥そういうこと言うし、おこってんねん。
野田   え?
真由子  別に、ええけど‥‥。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥もう、ええわ。おこるのやめた。
野田   何や、それ?
真由子  別に。
野田   変なやつ。
真由子  変なやつやねん。
野田   ふーん。
真由子  氷、とけてるで。
野田   あ。

      二人、残ったジュースを飲む。

野田   ‥‥家の人、晩まで帰って来いひんのやろ?
真由子  うん。
野田   両方とも?
真由子  ‥‥うん。
野田   何時頃?
真由子  十時ぐらいかな。
野田   そんな遅いん?
真由子  うん。
野田   そうか‥‥。
真由子  ‥‥‥。何で?
野田   何でって‥‥。
真由子  ‥‥。
野田   ‥‥。
真由子  ‥‥もしかして、変なこと考えてへん?
野田   え?
真由子  言うとくけど、そういうのあかんよ。
野田   そういうのって?
真由子  変なこと。
野田   変なことって何やねん?
真由子  変なことは変なことやん。
野田   ‥‥‥。
真由子  そういうの、いややねん‥‥。
野田   ‥‥。おまえ、案外かたいなあ‥‥。
真由子  かたい、かたい。石みたいにかたいねん。
野田   ふーん。
真由子  ‥‥‥。わたしな‥‥、きれいな結婚したいねん。
野田   え?
真由子  早く結婚したいなって、前から思てるねん。
野田   ‥‥‥。
真由子  別に、結婚してって言うてるんとちゃうよ。
野田   うん‥‥。
真由子  わたしな‥‥、おめかけさんの子やねん。
野田   え?
真由子  お父さんはいるねんけど、二週間にいっぺんぐらい来るねん。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥小さい頃は、どこの家でもそうやと思ててん。‥‥それが、中学ぐらいになって、どうもそやないらしいと気づきはじめて‥‥もうちょっと早よに気づいたらええのにねぇ。
野田   ‥‥‥。
真由子  でも、その頃は、それがどういうことか、イマイチわかってへんかってん。‥‥それが、高校入って、家庭科の授業でいろいろ習うやん? ‥‥「嫡出子」とか「非嫡出子」とか、そういうの‥‥で、そうか、そうだったのか、ガーン! って、けっこうショックやったりして‥‥。
野田   ‥‥‥。
真由子  でも、そんなん、お母さんに言えへんやん? で、けっこう悩んだりもしてんか‥‥。けど、別にグレたり、非行に走ったりもしてへんやろ? エライと思わへん?
野田   へえ‥‥。なんか、ややこしいねんな‥‥。
真由子  ‥‥ああいうのって、戸籍が違うねんな。
野田   え? そうなん?
真由子  うん、違うねん。普通やったら、「長女」とか、「長男」とか書いたるやん? それが、ただ「子」てだけ書いてあるねん。
野田   ふーん。
真由子  ‥‥そういうのは習て知ってたんやけど、一年の時、戸籍謄本がいることがあって、取ったついでに見てん。‥‥そしたら、やっぱし、「子」って書いてあるし、それから「平成何年何月認知」とか、あっちこっちにこちゃこちゃ書いてあんねん。
野田   にんち?
真由子  自分の子供やって父親が認めるやつ。
野田   ああ。
真由子  それで、何や、ごちゃごちゃしてんな、って思てん。
野田   え?
真由子  わたしの戸籍。
野田   ‥‥ふーん。
真由子  それで、早よ結婚したろって思てん。
野田   え?
真由子  結婚したら、戸籍離れるやん。まっさらの戸籍になるやん。‥‥なんか、ええやん。
野田   そんなもんかな。
真由子  そんなもんやて。
野田   戸籍さらにするために結婚すんの?
真由子  それだけでもないけどね‥‥。
野田   そやけど、あんまり変わらんのちゃうの? 書類だけの話やろ?
真由子  そら、そうやけど、やっぱり、きれいな戸籍の方がええやん。やっぱしちゃうて。
野田   ふーん。
真由子  おしまい。
野田   え?
真由子  わたしが早く結婚したい理由の話。
野田   ‥‥‥。
真由子  心配せんでええって。あんたに結婚せえって言うてんのとちゃうし。
野田   うん‥‥。なんか、テレビドラマみたいやな。
真由子  かわいそうとか思う?
野田   え? そら‥‥。そういう話、いきなりされたら、ちょっとブルー入るで。
真由子  そっか。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥そういうのって、前から、学校の先生とか知ってるわけやん? 書類とか出すし。今から思たら、ああ、かわいそう、とか思てたんかなあって‥‥。
野田   ‥‥そら、思てたかもな。
真由子  中学の時に、きつい先生いたんや。宿題とか忘れたら、すぐにしばきよんねん。友達とか、みんなボロクソに言うてたけど、そやけど、わたしが忘れても、「どうしたんや」とか言うだけやねん。しばいたりせえへんねん。なんでかなと思てたけど、今から思たら、そうなんかなあって‥‥。
野田   そうなんかって?
真由子  そやから、かわいそうやから、とか。
野田   ああ。
真由子  なんか、そういうの、かなんやん? けっこう好きやったりしたし。
野田   男の先生?
真由子  うん。別に、そういう意味やないけどね。
野田   そういう意味って?
真由子  好きやっていうの。‥‥嫌いやなかったってこと。
野田   ふーん。
真由子  ‥‥なんでこんな話になったんかな?
野田   なんでって‥‥、おまえが言い出したんやんか。
真由子  そやけど‥‥、なんでかなあ‥‥。
野田   そんなん、知らんわ。
真由子  ‥‥‥。ジュース、もう一杯飲む?
野田   ええわ。腹タプタプになるし。
真由子  ‥‥‥。‥‥テレビ見よか?
野田   え? もう終わってんのちゃう?
真由子  見よ。(と、テレビをつける)‥‥あ、まだやってるわ。‥‥コップ、片づけてくるわ。

      真由子、コップを持って立ち上がる。

野田   ‥‥変なやつやな。
真由子  え?
野田   おまえ、やっぱり変わってるで。
真由子  そうかな‥‥。

      真由子、コップを持って去る。
      野田、テレビを見ている。
      暗転。

      陽子がベンチに座って電話をしている。

陽子   ううん、そんなことないって。これでもけっこうできる方なんよ。‥‥上から十番ぐらい。‥‥え? ほんまやて。‥‥あ、信じてへんな。信じてへんやろ?‥‥‥いいや、信じてへん。私、わかんねん、そういうの。‥‥‥そ、女の直感てやつ。‥‥‥そうそ、女は恐いんよ。子供やてなめてたらひどい目に会うで。‥‥‥うん‥‥えー! ウソー! ‥‥うん‥‥うん‥‥うん‥‥何それ! そんなんで、なんで怒らへんの? ‥‥‥えー! 情けないねんなあ。バシッて言うたりぃな。それでも男か! ‥‥うん‥‥ひょっとして、会社でもそうなんちゃうん? そうなんやろ? 部長とかにペコペコしてんのとちゃう? カエルみたいに。‥‥‥あ、ウソや。そんなん今さらだまされるかいな。それはウソですぅ。‥‥‥いいや、ウソですぅ。‥‥‥ウソつきぃ。‥‥‥なんで? なんでって‥‥‥そうそ、女の直感。‥‥‥何でもやないよ。何でもわかるわけないやん? 別に超能力やないんやし。‥‥うん‥‥うん‥‥あ、まだ言うか? 往生際が悪いなあ‥‥。ええ歳して、そんな子供みたいなこと言うてらあかんよ。嫌われるで。‥‥え? 私。私が嫌ろたげるわ。‥‥うん、大キライ! どぉわーいキライですぅ! ‥‥うん、マジ、マジ。思いっきりマジ。

      絵美子が電話をしている。

絵美子  うん‥‥そうらしいよ。電話してきたらしい。‥‥え? そやから、校長のとこ。‥‥‥うん、クラスの子が言うててん。‥‥え? 高橋さん。‥‥うん、けっこう知ってるみたい。‥‥‥‥でも、ちょっとなあ。‥‥‥‥な? そやろ?‥‥うん‥‥そんなん、聞けへんやん。‥‥そら、そうやて。‥‥‥‥あんたのとこのクラスの人、知ってる? ‥‥へえ、そうなん?

      有希が電話をしている。

有希   みんな知ってるんでもないんちゃう?
絵美子  ふーん‥‥。なんで、うちんとこ知ってるんやろ?
有希   さあ‥‥。高橋さん、近所ちゃうの?
絵美子  ああ、‥‥確か、そうやけど‥‥。
有希   な。
絵美子  でも、近所やったら知ってるてもんでもないやろ?
有希   ああ‥‥そやな‥‥。なんでかな?
絵美子  なんでやろな?
有希   ‥‥‥。
絵美子  それより、あんたバイト一緒やん?
有希   うん。
絵美子  バイトの方はどうなん? 来てるん?
有希   ううん、先週から来てへん。
絵美子  え? 学校休んだ日?
有希   うん、‥‥たぶんそう。
絵美子  へえ‥‥、やめたんかな?
有希   さあ‥‥どやろ?
絵美子  聞かへんの?
有希   え?
絵美子  店長とか。
有希   そんなん、聞けへんやん。
絵美子  なんで?
有希   なんでって‥‥変やん。
絵美子  え? 変かな?
有希   変やて。
絵美子  でも、一人減ったら、仕事増えたりすんのちゃうん?
有希   それは、そやろけど‥‥。
絵美子  な。
有希   でも、そんなん、私らには直接関係ないって。
絵美子  え? なんで?
有希   店長とか考えはるやろし‥‥。
絵美子  ふーん。そうなん?
有希   うん。
絵美子  でも、あんたの入る日、増えたりしいひんの?
有希   うん、今のとこは‥‥。

      陽子が電話をしている。

陽子   あ、そや。うちの社会の先生で、同い歳くらいのがいんねんけど‥‥、ちょっとハゲかけてて、四、五十ぐらいに見えるねんけど、案外若いねん。‥‥え、カツラ? ほんまに? ‥‥なーんや! しょうもな。しょうもないこと言わんといて。やっぱりウソつきや! ‥‥で、ハゲはどうでもええねんて。で、そのハゲがな‥‥あ、うつったやん、もう! ‥‥で、そのハゲの先生な、小さい声でモソモソしゃべってて、授業も全然わからへんねん。それで、誰も聞かんとしゃべってんねんけど、よう怒らへんねん。‥‥うん? ‥‥そうそう、なんか一人でやってて、黒板が友達って感じ。‥‥一学期はそうやってんけど‥‥うん‥‥そう。‥‥それが夏休みが明けて、最初の時間の時に、大きい声で「今日から俺は強くなった」っていきなり言うねん。‥‥‥ほんまやって。ほんまに突然。教室の戸をガラガラって開けて、キリツ、レイやって、それでいきなり「今日から俺は強くなった」やねん。びっくりするやん? ‥‥うん‥‥そう思うやろ? なんかあったんかなあって‥‥。で、授業もビシビシやろうって思てたみたいやねんけど、前が前やん? 結局、やっぱり誰も聞いてへんねん。‥‥‥え? 怒るよ、一応。でも、とってつけたみたいやん? 迫力ないねん。それで、かえってバカにされて、「今日から俺は強くなった」って呼ばれてんねん。‥‥‥うん、アダ名。「今日から俺は強くなった」‥‥なんか笑けるやろ? ‥‥うん‥‥うん、奥さんに逃げられたんちゃうかって。それでプッツンしたんとちゃうかって。‥‥‥いや、知らんけど。ウワサやし‥‥。あ、そや。その作戦で行きいな!‥‥え? そやから、奥さんに逃げられて、「今日から俺は強くなった」って。ええんちゃう? ‥‥うん‥‥うん‥‥冗談やて。マジにならんといてぇな。‥‥‥あたりまえやん。‥‥‥‥うん‥‥まあ、それはそやけどねえ‥‥。

      野田と真由子が電話をしている。

野田   そやから、クラスのやつの親戚が、沖縄にあんねん。
真由子  いつ?
野田   ‥‥二日の晩に出て、六日の晩に帰ってくんねん。
真由子  え? ‥‥そんなん、連休全部やん?
野田   ‥‥ああ。
真由子  ‥‥そんなん、いつ決めたん?
野田   え? ‥‥先々週かな?
真由子  なんで、言うてくれへんの?
野田   そんなん、おまえ、なんも言うてへんかったやん。
真由子  言うてへんて‥‥どっか行くんかなとか思てるやん、ふつう。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥私、空けてたんやで。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥私、行ったらあかん?
野田   え? 男ばっかりで行くしなあ‥‥。おまえ、誰も知らんやろ?
真由子  ‥‥‥。
野田   それに、おまえんとこ、行かしてもらえへんやろ?
真由子  ‥‥そんなん、聞いてみなわからへんやん。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥二八とか九は?
野田   ああ‥‥そこは、法事。‥‥徳島の親戚に行かなあかんねん。
真由子  ‥‥去年は、あんただけ行かへんかったんちゃうん?
野田   今年は行かなあかんねん。
真由子  なんで?
野田   え‥‥。‥‥十何回忌とか何かいろいろあんねん。
真由子  ‥‥そんなん、ゴールデンウイーク全部やん。‥‥‥信じられへんわ。
野田   ‥‥しゃあないやん。
真由子  しゃあないことないやん。‥‥前からわかってるやん‥‥。‥‥もう、ええわ。
野田   ‥‥‥。
真由子  ‥‥‥。もうええわ。勝手にどっか行くし。
野田   え? ‥‥誰と?
真由子  誰とでもええやろ。
野田   ‥‥‥。なんやったら、クラスのやつに、お前のこと聞いてみよか? 一応。
真由子  もう、ええよ。‥‥そんなんやったら、いらんわ。
野田   そやけど、わからへんやん‥‥。
真由子  いらんて!
野田   ‥‥‥。
真由子  ほなら、切るで。
野田   おこんなよ。
真由子  おこるって。‥‥じゃ、バイバイ。

      真由子が電話を切る。
      野田が折り返し電話をかける。
      真由子の電話の着信音が鳴る。しかし、真由子は出ない。
      野田があきらめて電話を切る。

      有希と絵美子が電話をしている。

有希   こんなん言うてもええんかなあ‥‥。
絵美子  何?
有希   うん‥‥。
絵美子  何やの? そこまで言うたら言いな。
有希   誰にも言わへん?
絵美子  うん、言わへん。
有希   絶対やで。
絵美子  言わへんから。‥‥何なん?
有希   あのな‥‥。
絵美子  うん。
有希   私、陽子の手帳、見てしもてん。
絵美子  え? 手帳?
有希   うん、バイトの時。
絵美子  ‥‥。
有希   バイトあがって、更衣室に手帳が置いてあってん。‥‥誰もいいひんし、忘れもんかなぁって思うやん?
絵美子  うん。
有希   それで、誰のやろって思て、パラパラってめくってん。
絵美子  うん。
有希   なんか、スケジュール手帳みたいやってんけど、あっちこっちに時間とか、場所とか、名前とか書いてあんねんか。
絵美子  ふーん。
有希   それが、全然知らん人の名前ばっかりやし、七時、グランドホテルとか、八時、パレスホテルとか書いてあるねん。
絵美子  えー?
有希   で、うわ、これまずいんちゃう? って思たから、そのまま置いて帰ってん。
絵美子  へえ‥‥。それ、なんなんやろな?
有希   なんやろな?
絵美子  ‥‥‥。
有希   ‥‥‥もしかして、その人だけと違うんちゃうかな‥‥。
絵美子  え?
有希   その‥‥奥さんが電話してきた人だけと‥‥。
絵美子  ‥‥売春?
有希   ‥‥ようわからんけど‥‥。
絵美子  ‥‥‥。
有希   ほんまに言わんといてな。
絵美子  ‥‥うん。

      陽子が電話をしている。

陽子   そやねぇ‥‥恋人っていう感じとは、ちょっとちゃうなぁ‥‥‥お父さん? ハハ、まさか‥‥。そんな歳でもないやん? 何て言うたらええんやろなぁ? ‥‥‥兄貴? それはないわ。悪いけど。‥‥‥うん‥‥‥うん、それもちょっとちゃうな。どっちか言うたら、くされ縁ていうやつ? ‥‥‥え? ちゃうよ。ほめ言葉やって。ほんま、ほんま。‥‥‥えー? ほら‥‥そや、ぬいぐるみとかあるやん? くまさんとかうさぎさんとか‥‥三つか四つの時こうてもろて、一緒に抱いて寝てるやつとか‥‥。え? 寝てへんよ。たとえやん、たとえ‥‥。うん、それで、手あかとかいっぱいついてて、もう何のぬいぐるみかわからへんで、他人から見たらただのゴミみたいやねんけど、捨てられへんで、今でもこっそり抱いて寝てるとか‥‥うん、そんな感じやね。‥‥‥え? そやから、たとえやん。‥‥‥えー? ようわかると思うけどなあ? ‥‥ほら、捨てられへんとか、なじんでるとか‥‥。‥‥‥そうそ、ほめてるんやで。感謝しなさいって。

      真由子が電話をしている。

真由子  うん、そら、ショック、言うたら、ショックかもしれんけど、でも、それって、結局あの子の問題やん。‥‥‥え? そういうことと違ごて、なんちゅうんかな‥‥わたしな、そういうの、けっこうドライなとこあんねん。なんか、勝手にしたらって感じ。‥‥‥え? ちゃうって。その反対。好きにやって下さいってこと。‥‥‥うん‥‥‥だから、なんか、わかるっていうの? ‥‥‥え? するかいな。そういうストレートなんと違て‥‥ほら、さびしい人はさびしい人の気持ちがわかるとか言うやん? ‥‥‥え? そやて。知らんかった? ‥‥うん、さびしい、さびしい、めっちゃくちゃさびしいわぁ。‥‥‥ほんまやて。‥‥うん‥‥うん‥‥やっぱり、そうなんちゃうかな? ようはわからんけど。私はそう思う。‥‥うん、別にわからんでもええやん? そんなん、陽子が考えることやん。‥‥‥うん‥‥‥だから、あんまりうわさとか好きちゃうねん。どっちにしても、ええことないよ。‥‥うん‥‥そう‥‥。

      陽子が電話している。

陽子   街で会うたりしたら、どうしょ? ‥‥‥知らん顔する? ‥‥おじさーん、とか呼ぼか? ‥‥ハハ、冗談やて、冗談。‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥そやねえ、その辺の線かなあ‥‥。え? ‥‥‥‥‥‥だから、謝らんでええって言うてるやん。‥‥‥うん‥‥‥うん、それはそうやけど‥‥。‥‥うん‥‥みたい。まだはっきりしたことはわからへんけどね。‥‥でも、しゃあないやん。ほんま、私、大丈夫やし‥‥。‥‥‥うん、なんかしらんけど、自分でも不思議やねん。なんなんかな? ‥‥‥え? 泣いたりしてへんよ。ほんまに。‥‥うん‥‥うん‥‥そやねぇ、自分のことやのにねぇ‥‥。そういうのって、なんかかわいげないやん? そう思わへん? ふつう、ふとんに潜って一晩中泣くとか、そんなんあってもええのに‥‥。ほんま、変なやつやねぇ。‥‥イヤなやつ。
‥‥‥‥‥。
アハハ‥‥やっぱりちょっと暗いですねぇ、さすがに‥‥。‥‥やっぱ、ちょっとマイッタって感じかな‥‥。でも、大丈夫やって。‥‥ほんま、ほんま。たいしたことないって。‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥ほら、映画とかであるやん? 「笑って別れましょう」ってやつ。ああいうのできると思うよ。そんなカッコよくないけどね‥‥。‥‥え? 無理してへんよ、別に。‥‥いや、ちょっとしてるかな? ‥‥うん‥‥ええやん。そういう年頃やねん。カッコつけたいねん。‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥そやね。それじゃ、そういうことで。‥‥いろいろお世話になりました。‥‥いえいえこちらこそ。‥‥ああ‥‥たまに電話ぐらいできるかな? ‥‥‥‥やっぱりやめといた方がええね‥‥。‥‥‥うん‥‥‥ええって。たぶん、せえへんやろ? ‥‥え? ‥‥女の直感。‥‥じゃ、バイバイ。‥‥‥さよなら。

      陽子、電話を切る。
      しばしの沈黙。

      小谷が缶コーヒーを二つ持ってやってくる。

小谷   はい。
陽子   ありがとう‥‥。

      小谷、陽子の隣にすわる。
      二人、缶コーヒーを飲む。

小谷   ‥‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥何してんの、この頃?
陽子   え?
小谷   昼間とか‥‥。
陽子   ‥‥うん‥‥テレビとか、雑誌読んだり‥‥。
小谷   ヒマやろ?
陽子   ‥‥うん。
小谷   そやろな。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥やっぱり、学校かわらんとあかんの?
陽子   ‥‥うん。たぶん。
小谷   ‥‥そうか。
陽子   ‥‥‥。
小谷   まだ、ましかもしれへんな。
陽子   ‥‥え?
小谷   始まったとこやし‥‥一学期。
陽子   ‥‥‥。
小谷   教科書とか、また買わなあかんけど‥‥。
陽子   うん‥‥そやね。
小谷   ‥‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   これな、微糖って書いてあるやろ?
陽子   ‥‥え?
小谷   でも、あんまり変わらへんのやて、砂糖の量。
陽子   ‥‥‥。
小谷   大サジ三杯分とか、テレビで言うてたわ。‥‥なんでかな? 冷たいせいやろな。ホットコーヒーに大サジ三杯も入れたら飲めへんやん?
陽子   うん‥‥。
小谷   な。‥‥でも、やっぱり、甘さひかえめって感じするしな‥‥。なんか、だまされてんのかな? (と、缶をあおる)
陽子   なんで。
小谷   え?
陽子   なんで、おこらへんの?
小谷   ‥‥ああ‥‥。なんでやろな‥‥。
陽子   ‥‥‥。

      小谷、立ち上がる。
      背伸びなどする。

小谷   ‥‥なんでって言われてもなあ‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   おこるんやろなぁ‥‥ふつう‥‥。別にショックやないわけやないんやけど‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   なんて言うんかなぁ‥‥俺、おこれへん性格やねん。昔から‥‥。あんまりけんかとかしたこともないし‥‥。なんか、そういうの苦手やねん‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥‥。
陽子   やさしいの?
小谷   え?
陽子   やさしいふりしてんの?
小谷   ‥‥‥。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥おこらそうと思てるやろ?
陽子   ‥‥別に。
小谷   いや、思てる。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ‥‥俺かてな、プライドぐらいはあるよ。‥‥心配せんかて、おこる時はおこるよ。‥‥今は、おこらへんだけ。
陽子   ‥‥‥。
小谷   ほな、そろそろバイトやし、行くわ。
陽子   ‥‥‥。
小谷   おまえかて、あんまり長ごなるとまずいやろ?
陽子   ‥‥うん。
小谷   ほな、また、ひまがあったら電話して。‥‥こっちからせん方がええやろ?
陽子   ‥‥うん。
小谷   元気出せよ! ‥‥ほな、バイバイ。
陽子   バイバイ‥‥。

      小谷去る。
      陽子、しばらく小谷の去った方を見ている。
      やがて、思い出したように缶コーヒーを飲む。
      暗転。


真由子の声(電話) もうすぐ青に変わります。‥‥五秒前、四、三、二、一‥‥。あれ? あ、変わった。‥‥信号を渡っています‥‥あと、三メートル、二メートル‥‥渡りました。‥‥もうすぐバス停です。

      明かりつく。
      再びバス停。
      雨はまだ降っている。
      バスはまだ来ない。

真由子  あ、赤い傘が見えます。携帯を持っています。誰でしょう? ‥‥あ、桜井絵美子です!
有希   もう、見えてるやん。
真由子  ただいまー。
絵美子  おかえりー。

      真由子、絵美子、携帯をしまう。

陽子   ひさしぶり。
真由子  うん。‥‥ほんまに、ひさしぶりやね。二ヶ月ぶり?
陽子   二ヶ月半。
真由子  そうか‥‥。けっこう似合てるやん?
陽子   そうかな?
真由子  うん、似合てるて。‥‥今日はバスなん?
陽子   うん。‥‥家の人、朝から出かけてて、車ないねん。
絵美子  え? 車で送ってもうてんの?
陽子   うん、駅まで。
有希   毎日?
陽子   ‥‥うん。
有希   へえ‥‥、リッチやね。
絵美子  バスかてあるやん? 七二系統。
陽子   でも、あんまりないやん。‥‥七二は、ええ時間のがないねん。早すぎるか、遅すぎるか、どっちか。
絵美子  ふーん。
男2   タクシーも来いひんですね。
男1   ああ。
男2   もう、歩いて行きましょか? 途中でタクシー拾えるかもしれんし。
男1   ええわ。しんどいやん。‥‥途中でバスに追い越されたらあほみたいや。
男2   そやけど‥‥。
男1   歩きたかったら、お前だけ歩いたらええやん。
男2   えー。
男1   もう、電話したし、かまへんて。
男2   ああ‥‥。
陽子   有希。
有希   え‥‥何?
陽子   小谷さん、元気にしてる?
有希   うん。‥‥相変わらずがんばってるで。ほとんど毎日入ってるみたい。
陽子   そう‥‥。うまくいってんの?
有希   え?
陽子   小谷さんと。
有希   え‥‥‥。
絵美子  小谷さんて、誰?
有希   あ‥‥ああ、知り合い。バイト先の人。
絵美子  男の人?
有希   ‥‥うん。
絵美子  えー! もしかして、彼氏?
有希   ちゃうって。
絵美子  うそー! (陽子に)ほんま?
陽子   さあ。
絵美子  あ、ごまかしてる! あやしいなぁ。

      雲間から一筋の日の光。
      全員が、会話を止めて空を見る。

男1   あ、晴れてきた。
男2   ‥‥キツネの嫁入りですね。
男1   え? ‥‥キツネの嫁入り言うたら、晴れてる時に雨降ってくるやつやろ?
男2   え? 晴れてる時に‥‥あ、そうか。
男1   雨降りに、日が射してくんのは、‥‥ええと、何て言うたかな?
男2   えーと、なんか言いましたね‥‥。
男1   えーと‥‥。あかん、思い出せへんわ‥‥。とにかく、ぼちぼちあがるみたいやな。
男2   タヌキの嫁入り?
男1   え? ちゃうやろ。
男2   ‥‥‥。
絵美子  あ、虹や。
有希   え、どこ、どこ?
絵美子  ほら、あそこ。(と指さす)
有希   あ、ほんまや。虹や。

      全員虹を眺める。
      しばしの間。

真由子  ‥‥Somewhere over the rainbow way up high.
絵美子  あ、いきなり英語の歌で来るか?
真由子  音楽の授業で、一年の時やってん。
陽子   私、それハモれるで。
有希   私も。
絵美子  あ、あんたら、もしかして、みんな音楽?
真由子・陽子・有希  うん。
絵美子  ‥‥どうせ、私は書道ですぅ。
陽子   私、上やるわ。
有希   ほなら、私、下。
真由子  (絵美子に)主旋律やったら歌えへん?
絵美子  歌詞知らんもん。
真由子  そうか‥‥。Somewhere‥‥、高さこのぐらい?
陽子   うん。
真由子・陽子・有希  せえの‥‥、
     ♪Somewhere over the rainbow way up high.
     There's a land that I heard of once in a lullaby.
     Somewhere over the rainbow skies are blue.
     And the dreams that you dare to dream really do come true.

      日がかげる。

絵美子  あ、消えた。
真由子  あーあ。
有希   せっかくええ感じやったのに‥‥。
陽子   ほんま‥‥。
絵美子  また晴れてきたら出るんちゃう?
男2   もう梅雨も終わりですねぇ。
男1   まだやろ。七月中旬やで、ふつう。
男2   ‥‥‥。
男1   今年は長引くとか言うてたし。
男2   でも、沖縄はもう梅雨明けやて、テレビで言うてましたよ。
男1   あほやな、沖縄はいつでも早よ早よ六月中に明けるんやて。
男2   えー? でも二、三日前やったんとちゃうかな?
男1   ちゃうて。
男2   えー?
男1   ちがう!
男2   ‥‥‥。
有希   ‥‥陽子。
陽子   え?
有希   ごめんな。
陽子   え‥‥何?
有希   何って‥‥。
陽子   ‥‥ああ。‥‥しゃあないやん。
有希   ごめん。
絵美子  何あやまってんの?
有希   ううん、何でもない。
絵美子  えー! 何?
有希   えーやん、別に。
絵美子  えー!
真由子  なあ、虹て、空から見たら丸いんやろ?
絵美子  あ、私見たことあるで。飛行機から見たら、ほんまにまん丸やねん。
真由子  へえー。いつ見たん?
絵美子  去年の夏休み、家族でハワイ行った時。‥‥それで、反対側にも薄い虹が見えんねん。
有希   あ、それ、普通の虹でも見えるで。
真由子  え、うそー?
有希   見たことない? うすーいやつ。
真由子  ‥‥ないわ。‥‥さっきの虹にも出てたんかな?
有希   さあ‥‥。よう見てへんし。
絵美子  歌なんかうとてるからや。
有希   あんた見てたん?
絵美子  見てへんけど‥‥。
有希   なんや。
男2   あ。
男1   え?
男2   来たみたいですよ。バス。
男1   ほんま?
男2   ほら、向こうの信号のとこ。(と指さす)
男1   え? どこ?
男2   ほら、あのトラックの後ろの白いやつ。
男1   えー? ‥‥お前、よう見えるなあ。
男2   両方とも1・5ですし。
男1   へー、俺、0・1と0・2やから。
有希   来た、来た。
真由子  あーあ、来てしもた。
有希   (時計を見て)二時間目には間に合うな。
絵美子  四時間目でええのに。
有希   あかんて。私、三時間目にテストあんのやから。
真由子  陽子、どうすんの?
陽子   え? ‥‥どうしょうかなあ?
真由子  一緒に乗って行く?
有希   そうしいな。一緒に行こ。
陽子   あかんて、方向違うやん。
絵美子  桜台まで行って、電車乗り換えたら?
陽子   あかん、あかん、むちゃくちゃ遠回りになるわ。‥‥七二かて、もうちょっとしたら来るやろし。
絵美子  そうか‥‥。
陽子   うん。

      バスが近づいてくる。

男1   (時計を見て)四十分遅れか‥‥。
男2   歩いた方が早かったんちゃいます?
男1   どやろ? 似たようなもんちゃう? ‥‥俺な、学園前で降りるわ。
男2   え?
男1   直で回るわ。今日、回らなあかんとこ多いし。‥‥課長に言うといて。
男2   僕がですか?
男1   悪いけど、頼むわ。
男1   はぁ‥‥。

      バスが到着する。

絵美子  うわ、混んでるなあ。
有希   遅れてるし、しゃあないやん。
絵美子  (陽子に)ほなら、また。
陽子   うん。
真由子  ヒマやったら、電話して。
有希   またね。
陽子   うん。バイバイ。
絵美子・真由子・有希  バイバイ。

      乗客がバスに乗り込む。
      真由子が立ち止まり、振り返る。

真由子  ヒマとちごても、電話してな。
陽子   え? ‥‥‥うん。
真由子  それじゃ。
陽子   ‥‥じゃ。

      ドアが閉まり、バスが発車する。
      見送る陽子。やがてバスは視界から消える。
      走る自動車の音。
      雨は、もう小降りである。陽子は傘をたたんで、空を見上げる。

陽子   ‥‥Somewhere over the rainbow way up high.

      しばしの間。自動車の音。 やがて、日差しがさしこむ。

陽子   あ。

      虹が立った。
      どこかで蝉が鳴き始めた。
      時間がとまったようにゆっくりと流れてゆく。


                              おわり