O VACATION

【これは、劇団「かんから館」が、2020年11月に上演した演劇の台本です】

夏の夜。とある廃墟と化した洋館に、2人の女の地縛霊がいた。そこへバカップルが肝試しにやって来る。その男は、何と2人を殺した犯人だった。地縛霊たちは男に復讐しようとするが‥‥。完全無欠なおバカコメディ。

 

    〈登場人物〉

      桜
      ユリ
      健
      かんな

   古い洋館風のセット。
   椅子二脚とテーブルがある。
   派手な音楽が鳴って、漫才のノリで桜とユリが走ってきて、舞台に上がる。

桜    夏やん。
ユリ   そやなあ。
桜    暑いやん。
ユリ   そやなあ。
桜    あほほど暑いやん。
ユリ   そやなあ。
桜    あほほどおもくそ鬼みたいに暑いやん。
ユリ   そやなあ。
桜    エアコンないし。
ユリ   そやなあ。
桜    窓開けても風吹いてへんし。
ユリ   そやなあ。
桜    もう、やばいで。
ユリ   そやなあ。
桜    こんなん、熱中症になるで。
ユリ   そやなあ。
桜    死ぬで。熱中症で。マジで。
ユリ   ‥‥‥。いや、死なんやろ?
桜    あんた、ニュース見てへんの? 熱中症で死んでる老人は、家の中で死んでるのが圧倒的に多いんやで。エアコンつけんで、夜中にあつあつなって死んでまうんや。
ユリ   そんなん、テレビないやん。ニュースなんか見られへん。
桜    いや、だから、そういう問題とちごて。
ユリ   ちごて、何?
桜    いや、そやから、エアコンぐらいほしいやん?
ユリ   そやなあ。
桜    今、令和やで? エアコンないとかありえへん!
ユリ   昭和やろ? いや、ひょっとしたら大正かな? 明治?
桜    え?
ユリ   (天井を眺めて)少なくとも戦前やな。第二次世界大戦より前。
桜    ‥‥そら、そうかもしれんけど。
ユリ   まあ、あきらめが肝心や。引っ越すわけにもいかんのやし。
桜    え?
ユリ   夏は暑い。まあ、そういうもんや。あきらめよし。
桜    えー。

   しばしの間。

ユリ   それにしてもおもろいな。
桜    え? 何?
ユリ   こんなクソ暑いとこに、わざわざ涼みに来るやつがおるんやなって。
桜    え?
ユリ   夜中にパリピな連中とか、バカップルとか来よるやん?
桜    ああ‥‥来るな。
ユリ   何にもないのにな。ただ古いだけやのにな。
桜    まあ、それがええんちゃうん?
ユリ   え?
桜    とりあえず古くてぼろかったらええねん。そういうシチュエーションが大事なんやな。いかにも出そうな雰囲気が。肝試しってそういうもんや。
ユリ   ふーん。
桜    壁がひび割れてるとか、ツタがからまってるとか、ドアが錆び付いててギーッと鳴るとか、床がミシミシッて鳴るとか。いかにもいかにもな洋館、廃墟って条件がここにはおあつらえむきにそろってるやん? ミッションコンプリートや!
ユリ   ミッションコンプリートねぇ。
桜    そういうシチュエーションがクライアントの想像力をかき立てるんや。イマジネーションやな。出るとか出ーへんとかは二の次。「出るより出そう」それが肝心。
ユリ   「出るより出そう」って、「飲んだら乗るな」みたいやな。何かCMのキャッチフレーズみたいやな?
桜    なかなかうまいやろ?
ユリ   それやったらますますエアコンはナシやな。
桜    え?
ユリ   エアコンなんか付いてたら、全然出そうにないやん。イマジネーションかき立てられへんやん。
桜    う。
ユリ   お気の毒さまー。
桜    う。‥‥ち、ちくしょう。

   落ち込む桜。
   二人、イスに座る。

ユリ   ‥‥それにしても、もうちょっと考えてほしい感じはするわな。出る方の立場。
桜    え? 出る方の立場って何?
ユリ   そやから、幽霊とかお化けとかゾンビとか妖怪とか?
桜    ああ、それ?
ユリ   うん。‥‥ちょっと失礼やと思わへん?
桜    失礼って、何が?
ユリ   そやから、そのパリピとかバカップルが。
桜    だから、何が?
ユリ   そやから、廃墟ちゅうんは、ただの廃墟なわけやん? お化け屋敷とかテーマパークとはちゃう。
桜    ああ。
ユリ   好きで廃墟になってるわけとちゃうねん。
桜    ああ。
ユリ   出る方の方々かてそやろ?
桜    出る方の方々って‥‥。
ユリ   別にバイト代とかギャラもらって幽霊とかお化けやってるんちゃうし。
桜    ああ。‥‥まあ、そやね。
ユリ   どっちかって言うたら、静かにお住まいになってるわけやん? それがたまたま廃墟やったっていうだけで。
桜    お住まいって‥‥。
ユリ   たぶん静かに余生を送りたいって人の方が多いと思うんやわ。
桜    余生って、生きてないし、人とちゃうし。
ユリ   そこへでっかい車に乗ってワイワイやって来て、土足でドカドカ上がり込んで、挙げ句の果てに爆音で音楽かけたり、花火やったり、爆竹鳴らしたり、キャーとかウワーとかわめき散らして、走り回って‥‥あんまりやと思わへん?
桜    まあ、確かにいるわなあ。そういう連中。
ユリ   おまけに酒飲んで馬鹿騒ぎして、ゲロ吐いて、ゴミを散らかしまくって、柱に「ナンチャラ参上!」とかナイフで彫りつけたりして‥‥。
桜    ‥‥‥。
ユリ   最悪なんはバカップルや! 暗くて人が見てへんからって調子に乗って、イチャイチャするわ、キスはするわ、アレはするわ、ナニはするわって、いったいここがどこやと思てんねん! ワイは絶対許さへんで! 月に代わってお仕置きやー!!!
桜    おいおいおい、ユリちゃん、何、興奮してんの?
ユリ   あ‥‥。ごめん。‥‥ちょっと思い出してもうて。
桜    思い出すって、何を?
ユリ   いや、言えません。それだけは言えません。武士の情けでござりまするー。
桜    いや‥‥別に、そんならええけど。
ユリ   ほんま?
桜    うん。
ユリ   ありがとう! 恩に着ます!(と桜の手を握る)
桜    ‥‥いや、それほどのことでも‥‥何か知らんけど‥‥まあ、ええわ。(と、ゆっくり手を離す)
ユリ   ‥‥‥。
桜    ‥‥あ、そう言えば、見える人とかいるやん?
ユリ   え? 見える人?
桜    うん。見える人。ほら、霊感少女とか?
ユリ   ああ、その「見える」ね。
桜    うん。‥‥ああいう子、昔から苦手なんやわ。
ユリ   へぇ。
桜    私の友達にそういう子がおったんよ。
ユリ   へえ。
桜    それで、ふだんは特に何もないんやけど、たまーに、こっちの方じーっと見て、悲しそうな顔をしたり、小さな声で「あ」とか言うわけよ。
ユリ   うん。
桜    それで、「何、何?」って聞いても「ううん。別に」とか言いよんねん。何か感じ悪いやん? 気色悪いやん? 絶対その子何か見えてんねん。背後霊か、先祖の霊か知らんけど。
ユリ   ああ。そういうのあるわ。確かに。
桜    え? あんたもそういう友達いたん?
ユリ   そういう時、ほんま困んねんか。‥‥言うてええんか、悪いんか。
桜    え‥‥。まさか‥‥。
ユリ   見える方もな、結構つらいねんで。
桜    ユリちゃん‥‥。
ユリ   ほら、そこ!(と指さす)
桜    キャーーーーーーーーー!(と走り回る)
ユリ   ウソやて。冗談やて。もう!
桜    ハアハアハア‥‥。そ、そういうタチの悪い冗談はやめて。
ユリ   ごめんごめん。そんなにびっくりするとは思わんかった。
桜    もう! 私、そういうのアカンねん。恐いの苦手やねん。
ユリ   ほんま、ごめんなあ‥‥。見えてしもて。ほら、そこ!(と指さす)
桜    ギャアアアアーーーーーーーーー!(と走り回って、袖に消える)
ユリ   ‥‥‥。おーい。おーい。ヤッホー。さくらー。どこ行ったん? 戻って来てー。さっくらー。
桜の声   あんた、どっちなん?
ユリ   え?
桜の声   見えてるの? 見えてへんの?
ユリ   さあ? どっちでしょう?
桜の声   もう! あんたなんか嫌いや!
ユリ   えー? ウソやて。ウソ。見えてへんし。

   桜が恐る恐る戻ってくる。

桜    ‥‥ほんまに?
ユリ   ということにしとくわ。
桜    もう! イヤヤ!(と、引っ込もうとする)
ユリ   ちょっと、待ちーな!(と、桜の手をつかむ)
桜    やめて! もう、恐いのマジで恐いねん!
ユリ   ちょっと、ちょっと落ち着いて! 私の話を聞く!
桜    何よ?(涙目)
ユリ   ちょっと考えてみーな。‥‥見えるってことは、全部見えるんやろ? 何でもかんでもぜーんぶ。
桜    全部って、何が?
ユリ   そやから、背後霊も守護霊も怨霊も地縛霊もゴーストも全部や。
桜    そら‥‥そやろ?
ユリ   そしたら、すごいことにならへん?
桜    すごいこと?
ユリ   だから、ものすごい数にならへん?
桜    ものすごい数って何が?
ユリ   そやから、北京原人の霊も、クロマニヨン人の霊も、ネアンデルタール人の霊も見えるってことやろ? 縄文人弥生人も?
桜    はあ?
ユリ   人類が発生してから百万年ぐらいらしいから、その間に死んだ人の霊が全部。
桜    え‥‥。
ユリ   それに、動物の霊もあるわな。恐竜もアンモナイト三葉虫も狼も熊も猫もゴキブリもミジンコも。ぜーんぶ見えてまうやん?
桜    ゴキブリはやめて。
ユリ   いや、ゴキブリは外せへん。古代生物やし。
桜    それでもゴキブリはやめて。
ユリ   とにかくそういうのが目を開けたら漏れなく見えてまうんやったら、大変やで。もう、三百六十度、空間全部がビッシリ霊だらけで、空なんか一ミリも見えへん。それどころか、もう呼吸したら、霊を吸ってしまう勢いや。
桜    ゴキブリ吸うとか、絶対イヤ。
ユリ   いや、ゴキブリの霊やし。
桜    霊でもイヤ。イヤなモんはイヤ。
ユリ   そういう大変な思いをして生きてるわけや。見えてる人は。
桜    だから、ユリちゃん、見えてるの、見えてへんの? どっち?
ユリ   さあ? どっちでしょう?
桜    あ、ユリちゃん、そこ!(と指さす)
ユリ   キャーーーーー!(と、袖に消える)
桜    ‥‥‥。え? 何やねん、それ?

   ちょっとして、ユリが戻って来る。

ユリ   でもな、こういう話があんねん。
桜    え?
ユリ   昔、関ヶ原の戦いというのがあったやろ? 天下分け目の合戦。
桜    何か、聞いたことはあるわ。
ユリ   その合戦でな、人が一杯死んで、その武士の幽霊が出るって有名やったんやけど。
桜    うん。
ユリ   最近とんと出んようになったって、地元のおばあさんが言うてるらしい。
桜    地元ってどこ?
ユリ   関ヶ原って‥‥岐阜県かな?
桜    ふーん。
ユリ   何でやと思う?
桜    え?
ユリ   何で武士の幽霊が出んようになったと思う?
桜    え? さあ?
ユリ   四百年経ったからやねんて。
桜    え?
ユリ   確かな、関ヶ原の戦いって、きっちし千六百年やねん。今、二千二十年やろ? 四百年経つと亡霊は消えてしまうらしい。
桜    え? 何それ? 賞味期限切れみたいなこと?
ユリ   著作権切れみたいなやつかな?
桜    何で四百年やねん? 誰が決めたん?
ユリ   そんなん知らんやん。まあ、四百年もお化けやってたら疲れるんちゃう? たぶんお化けにも引退があるんやて。
桜    何それ?
ユリ   あ!
桜    もう! やめて!
ユリ   ちゃうちゃう。誰か来た。
桜    え? (と、耳をそばだてる)あ、ほんまや。
ユリ   お客さんみたいやな。
桜    そやな。
ユリ   ほな。
桜    うん。

   桜、ユリ、電気のスイッチを消して退場。
   薄暗くなる。
   入れ替わりに、健とかんながやってくる。
   二人、手に懐中電灯を持っている。

かんな  ねぇ。
健    ‥‥‥。
かんな  ねぇ。
健    ‥‥‥。
かんな  ねぇ、ねぇ。いるの?
健    ‥‥‥。
かんな  いるんだったら返事してよ!
健    ‥‥はーい。
かんな  なによ! それ!
健    ずっと隣にいるじゃん。懐中電灯の明かり見てたらわかるじゃん。
かんな  だって‥‥。
健    だって、何?
かんな  ‥‥‥。

   健、懐中電灯を消す。

かんな  え! どこ? どこいったの?
健    ‥‥‥。
かんな  おじさん!
健    え? おじさん?
かんな  健さん
健    健さん
かんな  ケン!
健    ハハハハ。ほーんと、かんなちゃんは怖がりだなあ。
かんな  笑うことないでしょ! ひどいわ!
健    ‥‥‥。
かんな  あれ? 健? いるの?
健    ‥‥‥。
かんな  いるの? 健! ケーン
健    呼んだ?(と懐中電灯で自分の顔を照らす)
かんな  キャーーーーーーーーー!(と、走り回る)

   健が電灯のスイッチをつける。
   明るくなる。

健    ほら、もう大丈夫。
かんな  もう! バカバカバカ!(と、健をたたく)
健    ハハハハハ。オッ! おい、本気でたたくなよ。
かんな  ごめーん。だって。
健    だって、何?
かんな  だって、電気つけちゃったら、肝試しになんないじゃん。
健    え?
かんな  いや、別にいいけど。
健    何なら消す?
かんな  だから、いいって言ってんじゃん。
健    消していいって?
かんな  もう! いじわる! バカバカバカ!
健    ハハハ! オッ! ウッ! だから本気でたたくなって。
かんな  ごめーん。だって。
健    だって、何?
かんな  だって、こんなに明るかったら‥‥。
健    明るかったら何? 明るくちゃダメなの? なんで?
かんな  もう! おじさんのいじわる!
健    え? おじさん?
かんな  もう! めんどくさいな。
健    え?
かんな  健のいじわる!
健    え? だから、何がいじわるなのかな? かんなちゃん?
かんな  もう! バカバカバカバカ!
健    ハハハ! オッ! ウッ! グエ! だから本気でたたくなって。
かんな  ごめーん。だって。
健    だって、何?
かんな  もう! 知らない! バカバカバカ!
健    オッ! ウッ! グエ! ウオッ! だから本気で‥‥。(健、うずくまる)
かんな  バカバカバカバカバカバカババカ!(さらに叩く。蹴ったりもする)
健    グエッ! グエッ! グエッ!(倒れて動かなくなる)
かんな  ふー。(と、汗をぬぐう)

   バカップル、ストップモーション
   桜とユリが出て来る。

桜    またまた毎度おなじみのバカップルやねぇ。
ユリ   そやねぇ。
桜    ほんま、うざいねぇ。
ユリ   そやねぇ。
桜    ほんま、うっとうしいねぇ。
ユリ   そやねぇ。
桜    それにしても、今日のはなかなかバイオレンスなバカップルやねぇ。
ユリ   そやねぇ。
桜    ひょっとしてアッチ系の人なんかな?
ユリ   え? アッチ系って?
桜    そやから、いわゆるSとかMの方面の方々?
ユリ   ああ、そっち系? ‥‥そやねぇ。

   桜とユリ、倒れてる健を眺める。

桜    うん?
ユリ   うん?
桜    死んでもーたんかな?
ユリ   まさか。
桜    やけど、動かへんよ?
ユリ   そーゆーたら、そやねぇ。

   桜、健のそばに行く。

桜    もしもし?
健    ‥‥‥。
桜    (健をつついく。ツンツン。)大丈夫?
健    ‥‥‥。
桜    うん?

   ユリが健のそばに行く。

ユリ   元気ですかあ!
健    ‥‥‥。
ユリ   (健の耳元で)元気ですかあ!
健    ‥‥‥。
ユリ   うん?
健    ‥‥‥。
桜    やっぱし、死んでる?
ユリ   いやいや、まさかまさか。
桜    そやけど‥‥動かへんし‥‥。
ユリ   元気があれば、何でもできる! イチ、ニ、サン、ダアーーーーーー!!!
健    ‥‥‥。
ユリ   ん?
桜    ん?
ユリ   ‥‥‥。(桜と目配せして)ほな。
桜    うん。
ユリ   元気があれば、何でもできる! せーの、
桜・ユリ   イチ、ニ、サン、ダアーーーーーー!!!
健    ‥‥うーん。
桜・ユリ   おおー。
健    ううーん。(首を振りながらゆっくり立ち上がる)

   桜、ユリ、立ち上がる健の顔を見て、

桜    あ。
ユリ   あ。

   桜、ユリ、そそくさと後方に下がる。

かんな  大丈夫? どうしちゃったの?
健    あれ? え? どうしたのかなあ?
かんな  急に寝ちゃうんだもん。びっくりした。
健    え? オレ、寝てた?
かんな  うん。かんな、退屈だったよ。もう、プンプン。
健    え? かんな‥‥ちゃん?
かんな  え?
健    えっと、オレ、何してたんだっけ?
かんな  え?
健    えっと‥‥ここ、どこだっけ?
かんな  え? ‥‥それ、マジで言ってる?
健    いや‥‥。いや、冗談に決まってるだろ? アハハハハ。
かんな  おじさん、もとい健さん、健、ほんとに大丈夫? なんかおかしいよ。
健    ケン?
かんな  え?
健    え? ‥‥ああ、そうだよ。健だよ、健。健ちゃんでーす。いやいやいや、ちょっと寝ぼけちゃってるみたい。アハハハ。
かんな  ‥‥‥。
健    アハハ。
かんな  ‥‥‥。
健    アハ。
かんな  ‥‥‥。

   気まずい沈黙。

健    ちょっと、眠気覚ましに顔でも洗って来ようかな? 手洗い、どこだっけ?
かんな  え? 手洗い?
健    うん。
かんな  そんなのあったかなあ?
健    え?
かんな  真っ暗だったからなあ‥‥。
健    え?
かんな  うーん。(桜に)ねぇ、どこ?
桜    ‥‥え?
かんな  手洗い。
桜    え!
かんな  (ユリに)ねぇ、教えてよ。お手洗い、どこ?
ユリ   え! ‥‥それ、私に言うてる?
かんな  うん。
ユリ   ‥‥そっちの階段を下りて右側。
かんな  ああ。(健に)そっちの階段を下りて右側だって。
健    ああ、そう。ありがと。
かんな  どういたしまして。

   桜、ユリ、固まっている。
   健、階段の方へ歩いて去る。

かんな  行ってらっしゃーい。(手を振る)
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  ‥‥ちょっと、やりすぎちゃったかな?(と、シャドーボクシングのポーズ)
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  ねぇ。
桜・ユリ え?
かんな  あんたたち、何してるの? こんなとこで?
桜・ユリ え?
かんな  あんたたちも、肝試し?
桜・ユリ え?
かんな  学校のお友達? クラスメイト?
桜    いや。
ユリ   じゃなくって‥‥。
かんな  へぇ。‥‥じゃあ、ひょっとして、アルバイト?
桜    え?
ユリ   え?
かんな  ほら、お化け屋敷の、うらめしやああああ。
桜・ユリ キャー。(逃げ回る)
かんな  みたいな?
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  じゃないわよねぇ。ここ、別に入場料も取ってないし。
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  ‥‥としたら?
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  ひょっとして、アレでしょう? そう! アレだよね!
桜    アレ?
ユリ   アレって‥‥。
かんな  そうだよ! アレだよ! なーんだ。アレなんだ! でしょう?
桜・ユリ だからあ!
かんな  地縛霊。
桜・ユリ え。
かんな  当たり? 当たった?
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  やっぱりそーなのね! そーなんだ! やったー! ヤッホイ!(走り回る)
桜・ユリ ‥‥‥。
桜    あの。
かんな  ヤッホイ。ヤッホイ。え?
桜    あんた、ひょっとしてアッチ系の人なん?
かんな  アッチ系?
桜    うん。見える系ってゆーか。
かんな  見える系? 何それ?
ユリ   (幽霊の手真似して)こーゆーのが、見える系?
かんな  ああ、霊感みたいなヤツ?
ユリ   そうそう、それ。その見える系。あんた、霊感少女なん?
かんな  うーん。どうかなあ?
ユリ   どうかなあって‥‥。
かんな  見えたり、見えなかったり?
桜    そんな、ええかげんな。
かんな  だって、そーだからそーなんだもん。そんなこと言われてもかんな困っちゃう!
桜    何ぶりっ子してんねん!
ユリ   ほんま気色悪いガキやな。
かんな  あんたたちこそ、なんで大阪弁なのよ?
桜    大阪弁ちゃいます!
ユリ   京都弁どす!
かんな  アハハハハ。うけるー!
桜    もう!
ユリ   しまいに怒るで!
かんな  アハハハ。ほーんと、大阪弁の人って漫才みたいなのね!うけるー!
桜・ユリ 大阪弁ちゃうってゆーてるやろ!
桜    このクソガキが。
かんな  かんな、ガキじゃないもん!
桜    だ・か・ら・あ!(ワナワナ)
ユリ   (桜を押しのけて)ちょっとちょっと、聞いてもええ?
かんな  え、何?
ユリ   見えるって、どこまで見えてんの?
かんな  はあ?
ユリ   そやから、ネアンデルタール人とか三葉虫とかも見えてんの?
かんな  はあ? ‥‥あの、話が見えないんですけど。
ユリ   ゴキブリの霊とかも?
桜    だから、ゴキブリはやめて!
かんな  あの、ますます話が見えないんだけど。それって何? シュール漫才? 大阪じゃそんなのが流行ってるの?
桜・ユリ だから大阪ちゃうってゆーてるやろ!
かんな  おー、すごいですねぇ。息がぴったり。さすが、本場は違いますねぇ! ブラボー! ブラボー!(拍手)
桜    いやあ‥‥。
ユリ   それほどでも‥‥。(頭を掻く)
かんな  ‥‥で、どうなの? 二人一緒に死んじゃったって感じなのかな? ほら、あるじゃない? 仲良し女子中学生がさ、「もう、私死んじゃいたい。」「だったら、私も死ぬ!」「じゃあ、一緒に死ぬ?」「うん。私たちいつでもどこでも一緒よ!」♪そらにあこがれて~ みたいな?
桜    いやあ。
ユリ   そういうのとはちゃうなあ。
かんな  なーんだ。つまんない。
桜    それより、ちょっと聞きたいんやけど。
かんな  何?
桜    さっきの男。
かんな  うん。
桜    あんたの彼氏?
かんな  いやいや、まさか。
桜    そやろねぇ。‥‥じゃあ、ひょっとしてお父さん?
かんな  違うよ。
ユリ   え? パパとちゃうの?
かんな  うん、パパだよ。
ユリ   え? どっちなん?
かんな  だから、お父さんじゃなくてパパだよ。
桜    なんやねん、それ?
ユリ   ワレ、なめとんのか!
かんな  わかんない人たちねぇ。‥‥だから、お父さんじゃなくって、パパなんだって。
ユリ   ワレ‥‥。
桜    ちょっと待って‥‥あ! そういうこと?
かんな  うん、そういうこと。
桜    ああ、ああ、なるほどねー。
ユリ   ちょっと、ちょっと、何がなるほどなん?
桜    そやから、お父さんじゃなくて、
かんな  パパ!
桜    なるほどー! 了解!
桜・かんな  アハハハハハ。
ユリ   だから、何がなるほどやねん! お前らおちょくっとんのかあ!
桜    まあ、それはええねんけど。
ユリ   ええことないって!
桜    うっさい!
ユリ   え? ‥‥そやかて。
桜    パパ。イコール愛人。援助交際。ドゥユーアンダスタン?
ユリ   え。
桜    ジャスト・ア・モメント。プリーズ・ビー・サイレント!
ユリ   え?
桜    あんたはちょっと黙っときよし!
ユリ   えー。もう!
桜    ‥‥それで、ええっと‥‥さっき、あの男のこと、確か、ケンとか呼んでへんかった?
かんな  うん。呼んだよ。健だから。
桜    ああ、やっぱりそうか。へぇ。
かんな  え? だから、何?
桜    いや、気ー悪うせんでほしいんやけど‥‥。あいつな、実はな、
かんな  うん。
桜    ケンとちゃうで。
かんな  え? 何それ?
桜    あいつなあ、ほんまは雄一って言うねん。
かんな  え? ユーイチ?
桜    うん。
かんな  ええ?
ユリ   いやいやいや、それ、ちゃうで。
桜    プリーズ・シャラップ!
ユリ   いやいやいや、これだけは言わせてもらいます。それはちゃいます。チャウチャウです。
桜    もう! 何がチャウチャウやねん?
ユリ   そやから、そのユーイチゆうのん。
桜    はあ? あんた、何言うてんの?
ユリ   あいつはな、ケンでもユーイチでもないで。タカシや。
桜    はあ?
桜・かんな  タカシ?
ユリ   うん。タカシや。間違いない。
桜    いやいや、それはないわ。
かんな  私もそう思う。
ユリ   あんたらこそ何言うてんの? タカシはタカシやて。タカシ、タカシ、タカシ。これが正解。
桜    それ、騙されてんねんて。雄一やから。雄一、雄一、雄一、雄一、雄一!
かんな  もう! 二人とも! つまんないケンカしないでよ! もう、健でいいじゃん。
桜・ユリ あんた、どさくさに何言うてんの!
かんな  おー。すごーい。息ぴったり!
桜    いやあ‥‥。
ユリ   それほどでも‥‥。(頭を掻く)
桜    とちごて! え? え? ユリ、あんたもあの男、知ってんの? 知り合いなん?
ユリ   いや、知り合いってほどでもないねんけど‥‥。
桜    知り合いちごたら何なん?
ユリ   いやあ‥‥やっぱ、知り合いかな?
桜    何なん? それ? ややこしいこと言わんといて。
ユリ   ごめん。
桜    それで、どういう知り合い?
ユリ   どういう知り合いって言われてもなあ‥‥。
桜    浅い知り合い? 深い知り合い?
ユリ   浅くはないと思う。まあ、別に深いということでもないけど。
桜    はっきりせんやつやな!
ユリ   いや、だから、浅くはない知り合い。
桜    どう浅くないん?
ユリ   そら、そこそこけっこうな関係やで。なにせ‥‥
桜    あいつに殺された?
ユリ・かんな  え!
ユリ   なんで? なんで知ってるん?
桜    ほー、やっぱりそうなんや。
ユリ   やっぱりってどういうこと? どういう意味?
桜    いや、そうちゃうかなあ?って思たから。
ユリ   なんでそんなん思うの? ふつー思わんやろ?
桜    いや、何となくやな‥‥。
ユリ   何となくそーゆーの思うことはない!
桜    いや、そやから‥‥。
ユリ   そやから、何なん?
桜    そら、まあ、あれや。
ユリ   あれ? あれって何なん?
桜    そやからな、つまりな、要するに私はな、
かんな  あいつに殺された?
桜・ユリ えー!

   しばしの沈黙。

桜    何で? 何でわかるん?
かんな  なるほどねぇ。
桜    あんた、もしかして知ってたん? まさか、知っててここに来たんちゃうやろな?
かんな  そっかー。そーゆーことなのか。
桜    何がそーゆーことなん?
ユリ   一人で勝手に納得せんといて!
かんな  ‥‥ということはアレだな。要するにこういうことだ。
あの男は、ある時は雄一、またある時はタカシ、そしてまたある時は健に名を変えて、うら若き乙女をたぶらかし‥‥
桜    うら若き乙女‥‥。
ユリ   ス・テ・キ‥‥。
かんな  この洋館に連れ込んでは殺害に至る、連続猟奇殺人犯!
桜    連続
ユリ   猟奇
桜・ユリ 殺人犯!
ユリ   ス・テ・キ‥‥。
桜    いや、それはちょっとちゃうやろ!
かんな  オホン! ‥‥ということで、その殺された恨みを抱いて成仏できずにここに地縛霊となったのが、君たち二人ということだね?
桜    うん。
ユリ   まあ、そういうことになるんかな?
かんな  なるほど。
桜・ユリ ‥‥‥。
かんな  じゃあ、事件の顛末をちょっと整理してみよう。

   BGM。サス明かり。

桜    あれは、街に祇園祭のコンチキチンが鳴り響き、長い梅雨が終わりを告げて、京都に本格的な夏がやって来た暑い夜でした。
真夏の夜の街はどこか浮かれた雰囲気で、通りはカップルで一杯でした。でも、私にはそういう相手もおらず、かと言って、別に恋に恋するというわけでもなく、でも、何となく空しいようなさびしいような気分で、もしかしたら、偶然の出会いのようなものを期待するでもなく期待していたのかもしれません。

   突然、照明がフェイドアウト
   暗転。

桜    ‥‥停電? ヒューズ飛んだん?
大丈夫?
どのぐらいかかりそう?

   しばしの沈黙。

桜    おーい、照明さん! 聞こえてる?

アナウンス (♪ピンポンパンポーン)厚生労働省感染症予防ガイドラインによると、劇場、ライブハウス等の閉鎖空間においては三十分に一度の換気が望ましいということです。
桜    え? なんやねん、それ?
アナウンス  よって、ただ今より、十分間の換気休憩を行います。
桜    おいおい、そんなん無茶苦茶やがな。せっかくええとこやのに。
アナウンス  プリーズ・シャラップ!

   客電がつく。

桜    えー! マジか? ‥‥もう!

   役者たち、退場。

 

 

   暗転の後、明かりがつく。
   BGM。サス明かり。

桜    あれは、街に祇園祭のコンチキチンが鳴り響き、長い梅雨が終わりを告げて、京都に本格的な夏がやって来た暑い夜でした。
真夏の夜の街はどこか浮かれた雰囲気で、通りはカップルで一杯でした。でも、私にはそういう相手もおらず、かと言って、別に恋に恋するというわけでもなく、でも、何となく空しいようなさびしいような気分で、もしかしたら、偶然の出会いのようなものを期待するでもなく期待していたのかもしれません。

      かんながイスに座っている。

かんな  さて、今夜私がいただくのはソーハン、イーガーコーテル、エンザーキーです。
桜    何、何? その難しそうな名前の料理は何なんですか?
かんな  どうしたの? 迷子の子猫ちゃん。ひょっとしてお腹が空いてるのかな?
桜    いいえ、私、別にお腹は空いていません。でも、その異国の料理の響きに心が引かれるのです。
かんな  ソーハン、イーガーコーテル、エンザーキー?
桜    そうです。その舌を噛みそうなお名前が、私の心を引きつけるのです。‥‥それは何ですの?
かんな  中国四千年の歴史が生んだ、ちょっとした宮廷料理ですよ。
桜    まあ、宮廷料理?
かんな  王将定食と呼ぶ人もいますがね。
桜    まあ、王様のお食事なんですね。
かんな  まあ、そんな感じです。
桜    あなたは、それをよくお食べになるのですか?
かんな  まあ、週に二、三回程度はね。その日の気分によっては、ソーハンをソーメンに変えたりはしますがね。でも、コーテルとエンザーキーは外せません。
桜    通なんですね。
かんな  いや、ボクなんかまだまだですよ。
桜    ご謙遜を。
かんな  よかったら、ご馳走しましょうか? 二人の出会いの記念に。
桜    今日はあいにく食べてきたところなので。またの機会にお願いしますわ。
かんな  またの機会に‥‥。良い言葉だ。また会っていただけるんですね?
桜    ええ、もちろん。せっかくこうして出会えたんたんですから。
かんな  じゃあ、腹ごなしに散歩でもいかかです?
桜    いいですね。
かんな  鴨川の三条河原とかいかがですか?
桜    でも、あそこはカップルで一杯じゃなくって?
かんな  フフフ。そうなんですよね。‥‥みんな知らないものだから。
桜    え? 知らないって、何を?
かんな  あそこはね、京都一のミステリーゾーンなんです。夏にはぴったりです。‥‥恐いのはお嫌いですか?
桜    いえ。‥‥どちらかと言えば大好物です。
かんな  そう。それはよかった。じゃあ、ちょっとお教えしちゃおうかな?
桜    何? 何? 教えて下さいな。
かんな  三条河原というのは、実は大昔から日本一の処刑場なんですよ。ご存知でした?
桜    え? そうなんですか?
かんな  ええ。古くは、平安時代平将門。大盗賊の石川五右衛門もここで釜ゆでになっています。豊臣秀吉の甥の豊臣秀次の妻や子供、計三十九名が処刑された時には、鴨川が血で真っ赤に染まったと言われています。幕末の新撰組隊長近藤勇の首がさらされたのもこの三条河原です。
桜    まあ、すごいですね。
かんな  だから、歴史を知ってる人は「よくあんな所に座れるな」とか言ったりしますがね。
桜    もう怨霊だらけって感じですね?
かんな  そう、もう怨霊ウジャウジャです。ハハハ。
桜    フフフ。
かんな  でも、今じゃ、ネオンや街灯に照らされて、あんまりそういう雰囲気はありませんがね。
桜    そうですね。
かんな  だったら、どうです? おあつらえ向きの良い場所を知ってるんですが?
桜    え? どんな場所ですか?
かんな  古い洋館です。周りには家も街灯もなくて、夜になると真っ暗闇です。
桜    まあ。
かんな  せっかく夏になったんだから、一つ、肝試しと洒落込みますか?
桜    いいですね。
かんな  ほんとに恐いですよ。ひょっとしたら、ほんとに出るかも知れない。
桜    肝試しなんだから、恐くなくっちゃダメでしょ?
かんな  良い度胸だ。ますます気に入りました。
桜    ありがとうございます。
かんな  申し遅れましたが、わたくし、山下雄一と申します。
桜    私は、高峰桜です。
かんな  桜さんですか。良い名前ですね。
桜    ありがとうございます。
かんな  それじゃ、行きましょうか?
桜    ええ。

かんな  ‥‥みたいな感じなのかな?
桜    まあ、だいたいそういう感じやね。ちょっと盛ったとこもあるけど。
かんな  なるほど。
ユリ   なあなあ、私のもやってーなー。
かんな  うん。そのつもりだけど。
ユリ   思いっきりオシャレで、カッコ良くやって!
かんな  さあ、それはどうだか?
ユリ   えー!
かんな  多少の演出はあっても、ウソはできないから。
ユリ   何で?
かんな  実況見分になんないから。
ユリ   何が実況見分やねん。あんたかて、警察でも探偵でもないやん?
かんな  あー、そんなこと言うんだったらやんないよ。
ユリ   ウソウソ。もーわかったから、思いっきり盛って!
かんな  演出、ね。
ユリ   もー、何でもええし。

   かんな、イスに座る。

かんな  さて、今夜私がいただくのは、半熟卵のミラノ風ドリアです。
ユリ   ちょっとちょっと。ちょっと待ってーな。ミラノ風ドリアって、サイゼやん。
かんな  そやで。それがどうかした?
ユリ   せめて、ほんまもんのイタリアンにしてーな。
かんな  サイゼかてほんまもんのイタリアンやで。
ユリ   ちょっとストップ! なんであんたまで関西弁になってるん?
かんな  細かいこと言いないな。そんなん気にしてたら長生きできひんで。
ユリ   長生きって、もう死んでるし。
かんな  まあ、話のノリやがな、ノリ。
ユリ   ノリなあ‥‥まあ、ええけど。‥‥それで、ええっと、何やったっけ?
かんな  せめて、ほんまもんのイタリアンにしてーな。
ユリ   ああ、そやったそやった。‥‥せめてほんまもんのイタリアンにしてーな。
かんな  サイゼかてほんまもんのイタリアンやで。オレのツレとかは「高級イタリアン行こけ。」って言うてるし。
ユリ   そんなん、まるで貧乏人やん。もうちょっと盛ってーな。
かんな  いや、そやから、半熟卵載せたし。盛ってるやん。
ユリ   そんなん盛ってへんやん。サイゼはサイゼやん。
かんな  お前知らんのやろ? 日本に住んでるイタリア人の間では、サイゼの評価高いねんぞ!
ユリ   そんなん、どうせ貧乏なイタリア人やろ?
かんな  ちゃうちゃう。ふつーのイタリア人や。イタリア人シェフがほめてた記事もあったで。
ユリ   それってサイゼの料理人やろ?
かんな  アホか。サイゼにイタリア人なんかおるわけないやろ?
ユリ   ほなら、サイゼがほんまもんの高級イタリアンの味やて言うてんのか?
かんな  そんなことは言うてへん。
ユリ   ほらみーな。言うてへんやん。
かんな  お袋の味なんやて。
ユリ   はあ? 何それ?
かんな  そやから、サイゼはイタリアの家庭料理の味がするんやて。そやから、けっこうサイゼに通ってるイタリア人もいるらしい。
ユリ   何やの、それ? ママが恋しいの? サイゼにママが住んでるの?
かんな  マンマやな。
ユリ   は?
かんな  そやから、マンマや。
ユリ   おまんま?
かんな  ちゃうちゃう。イタリア語のママはマンマって言うの。
ユリ   もう、ややこしいこと言わんといて!
かんな  それ、ほんまやし。
ユリ   何知識ひけらかしていばってんの? そんなんどーでもええから、ミラノ風ちごて、ほんまのミラノに連れっててーな。
かんな  無茶言うなよ。
ユリ   それちごたら、せめてイタリアの車に乗って! ワゴンR、貧乏くさくてイヤやねん。
かんな  ええやん。かわいいし。広瀬すずちゃんがCMやってるし。
ユリ   そんなん関係ないし。なあ、イタリア車にして! フェラーリとかアルファロメオとか。
かんな  お前、なんでそんなん知ってんねん?
ユリ   何ででもええやん。フェラーリ買うて。フェラーリ
かんな  あほか。フェラーリなんぼすると思てんねん?
ユリ   知らん。
かんな  中古でも一千万やぞ。どこにそんな金あんねん?
ユリ   知らん。
かんな  もう! こいつ!
ユリ   ほなら、ええから、せめてUSJ連れてってーな。USJのハロウィン連れてってーな。
かんな  USJ高いやん。
ユリ   何でUSJも行けへんの? USJぐらい、JKでも年パス持ってるで!
かんな  うるさいな! 黙れ!
ユリ   何でうちらそんな貧乏なん? ハロウィンもできひんの?もうこんなんイヤやあー! イヤー!
かんな  もう、うっさいな。これやし、女は‥‥。わかった。わかった。お化けが出たらええんやろ?
ユリ   何やの? あんた、お化け出せんの?
かんな  お化けぐらい出せるわ。
ユリ   どうやって出すん?
かんな  あのな。山のふもとにな、古い古い洋館があんねん。そこにお化けが出るらしい。
ユリ   何それ? お化け屋敷?
かんな  まあ、そんな感じちゃう?
ユリ   そこ、誰も住んでへんの?
かんな  住んでへん。
ユリ   勝手に入ってもええの?
かんな  ええ。
ユリ   ほんまかいな。あんたの言うこと当てにならんしな。
かんな  うっさいな。行くんか? 行かへんのか?
ユリ   それってお化け屋敷やん。ハロウィンとちゃうやん。
かんな  何言うてんねん。洋館やで。お化けかて西洋のお化けに決まってるやん。洋館にお岩さんとか出たらおかしいやん。
ユリ   はあ? 何言うてんの?
かんな  洋館で、お化けとかフランケンシュタインとかゾンビとか出たら、もうハロウィンやん? ちゃうか?
ユリ   そこまで、どうやって行くん? どうせワゴンRやろ? フェラーリちゃうやろ?
かんな  イヤやったら、別に行かんでもええで。
ユリ   行かへんとか言うてへんやん。
かんな  ほな、行くんやな? 洋館?
ユリ   まあ、しゃあないし、行ったるわ。
かんな  何やねん? その言い方?
ユリ   もう、男のくせにゴチャゴチャ細かいこと言うなや! ほな、夜中までちょっと寝とくわ。ねむとなってお化け見そこねたら損やしな。
かんな  何やねん? それ?
ユリ   おやすみー。

かんな  ‥‥みたいな感じ?
ユリ   えー。何で私の、こんなにグダグダなん?
かんな  まあ、元が元だけに、多少演出してもこんな感じかな?
ユリ   えー! ひどすぎるわ。
かんな  そんなこと言われても、知りません。
ユリ   えー。
桜    まあ、ええやん。そんなん気にせんでも。
ユリ   何言うてんの? そら、あんたはお嬢様やからええやろけど。
桜    お嬢様ちゃうて。ソーハン、イーガーコーテル、エンザーキーやで?
ユリ   そやから、中国の宮廷料理やろ? 私なんかミラノ風ドリアやで。
桜    アハハハ。あんた、ほんま何も知らんのやな?
ユリ   え?
桜    ほな、教えたげるわ。まず、ソーハンって言うのはな、
かんな  焼きめし。
ユリ   え?
桜    イーガーコーテル
かんな  餃子一人前。
ユリ   え?
桜    エンザーキー。
かんな  トリの唐揚げ。
ユリ   え?
桜    全部、王将のメニューや。餃子の王将
ユリ   え? マジ?
桜    マジやて。マジマジ。
ユリ   へぇ。そうなんや。
桜    そやから、ユリがサイゼで、
ユリ   桜が王将?
桜    うん。
ユリ   うわ。貧乏くさー。
桜    そやろ?
ユリ   え? そしたら、もしかして、かんなちゃんは?
かんな  天一
ユリ   うわあ!
三人   貧乏くさー!
かんな  ‥‥まあ、しょせんそういう男なのよ。
ユリ   うわ、セコー。
桜    王将で殺され、サイゼで殺され、天一で殺されてたら、ほんま浮かばれへんわ。
かんな  いや、私はまだ殺されてないから。
ユリ   人殺すんやったら、せめて三つ星フレンチとかにしてほしいわ。
桜    あんた、三つ星フレンチやったら殺されてもよかったん?
ユリ   うーん。ええかもなあ? ‥‥とにかく、それが最低限のマナーちゃう?
桜    人殺しのマナーねぇ‥‥。
かんな  ‥‥ということは、ひょっとして、他にも殺された子とかいるかもね? マックとかケンタッキーで殺された子とか?
ユリ   マクド殺人事件にケンチキ殺人事件か。なんかセコすぎて視聴率低そう。
桜    うーん、そういう子には出会ってへんねぇ。なあ?
ユリ   まあ、そやね。見たことないわ。
かんな  まあ、恥ずかしくて出られないだけかもしれないけどね。
桜    何それ? それやったら、まるで私らが恥知らずみたいやん?
ユリ   まあ、そうちゃう? ‥‥うちら、しょせん王将とサイゼで殺された女どすえ。
桜    えー! 裏切りもん!
かんな  アハハハハ。
桜    くっそー。
かんな  ‥‥まあ、それはとにかく、こうなると、やっぱりお仕置きが必要ですな。
桜    そやな、復讐せんとな。
ユリ   そうそう、予習復習が大事やわ。
桜    しょーもな。
ユリ   うっさいな。
かんな  あ。‥‥戻って来たみたい! ‥‥じゃ、いい?

   桜、ユリ、うなづく。

三人   月に代わってお仕置きよ!

   三人、それぞれ配置につく。
   急に暗転。

三人   あ。
ユリ   停電?
桜    ひょっしとて、また換気休憩? ちょっと早いんちゃうん? まだ三十分経ってへんやろ?
かんな  私もそう思う。

   下手から懐中電灯の明かり。

三人   あ。
健    桜? 桜?
桜    あ。
健    おーい、桜ちゃーん。

   懐中電灯の明かりが動いている。

健    さくらー。おーい。
桜    ‥‥ゆ、雄一?

   明かりが桜に当たる。

健    ああ、ここにいたのか。
桜    ああ、うん。
健    心配させないでよ。頼むから勝手に動かないで。
桜    ごめーん。
健    ほんと、ここってマジでヤバイらしいから。
桜    え。‥‥ヤバイって?
健    だから、アレだよ。ちょっと洒落になんないらしいんだよ。
桜    え? ほんと?
健    うん。肝試しに来て、帰って来なかったヤツとかいるらしんだ。
桜    ええ!
健    まあ、ウワサだけどね。
桜    そう‥‥なんだ。
健    (懐中電灯で室内を照らして)ほんと不気味な感じだよな。マジで出そうな感じ。‥‥ここまでとは思わなかったな。
桜    雄一は来たことなかったの?
健    うん。‥‥ウワサには聞いてたし、昼間に前を車で通ったことは何度かあるんだけど‥‥。
桜    そう‥‥なんだ。
健    いやさ、桜ちゃんがホラー好きで、思いっきり恐いのがいいって言ってたからさ。
桜    ああ、うん。
健    ほら、よくあんじゃん? 辛い物好きの子にさ、「これ、びっくりするほど辛いんだぜ」って、二十倍とか三十倍とかの激辛カレーを食べさせたら、「何これ? 全然辛くないじゃん」とか言われちゃう屈辱。
桜    え? 何それ?
健    いや、だから、いっそ百倍ぐらいの辛さにしとかなくっちゃってね。
桜    そんなの食べられないよ。私、別に激辛マニアじゃないから。
健    いや、だから、例えだよ。例え。‥‥それで、百倍ぐらいの怖さっていったらここかなあって思ってさ。
桜    百倍の怖さ? 何かよくわかんない例えだね。
健    どう? 怖くない?
桜    うーん。どうかな? ‥‥まあ、確かに、雰囲気は、いい味出してると思うよ。
健    そう。それはよかった。
桜    うん。
健    ‥‥‥。
桜    あれ? どうしたの?
健    え? あ、いや‥‥。
桜    雄一、ひょっとして震えてる?
健    え? いや、まさか‥‥。
桜    そう? それならいいんだけど。
健    当たり前じゃん。連れてきたオレが怖がってたら洒落になんないよ。
桜    確かに。そりゃそうだ。
健    だろ? アハハハハ、え?(と固まる)

   しばしの間。

桜    ? どうか‥‥したの?
健    いや、今、何か音しなかった?
桜    音? ‥‥してないと思うけど?
健    え? 何か人の足音みたいな?
桜    気のせいじゃない?
健    かなあ? 足音っていうか、何か人がいる気配みたいなのが‥‥。
桜    わかった! そうやって私を怖がらせようとしてんでしょ? その手には乗らないわよ!
健    いやいや、そんなんじゃないから。
桜    ひょっとして、雄一、霊感みたいなのがあったりするわけ?
健    いや、そういうのは特に‥‥あ‥‥。
桜    え? また足音?
健    いや、いるよ。確かに誰かいる。この部屋に誰かいるよ!
桜    え、マジ? 雄一、それ、マジで言ってる?
健    マジ。‥‥マジだってば。
桜    じゃあ、調べてみようよ。
健    え?
桜    懐中電灯で照らして、隅から隅まで調べてみよう!
健    え。‥‥マジ? 桜ちゃん、それ、マジで言ってる?
桜    マジ。マジだってば。ほら!
健    えー。
桜    ほら、早く!
健    ‥‥‥。
桜    何してんの? ‥‥ひょっとして、雄一、怖いの?
健    いや‥‥そんなことは‥‥。
桜    だったら、ほら!
健    あ、ああ‥‥。

   雄一(健)、恐る恐る懐中電灯を照らして行く。
   やがて、明かりがユリに当たる。
   瞬間的に光をそらす。

健    あ。
桜    え?
健    ‥‥‥。
桜    何で? 何でやめちゃうの?
健    やっぱり‥‥いる‥‥みたい。
桜    えー?
健    ‥‥いるよ。‥‥何か、見えた。人影みたいなのが。
桜    人影? そんなの見えなかったよ?
健    ‥‥確かに見えたから。
桜    もう! あれじゃない? 幽霊の正体見たり枯れ尾花って言ってね、怖い怖いと思ってたら、何でもお化けに見えちゃうのよ!
健    ‥‥だったら、
桜    だったら、何?
健    ‥‥だったら、自分で確かめたら?
桜    はあ? あははは。いくじなしねぇ。‥‥わかったわよ。懐中電灯貸して。
健    はい。(と渡す)
桜    はいはい。‥‥じゃ、行くわよ! 幽霊さん、元気ですかあ?

   桜が懐中電灯を照らす。
   途中で、ユリとかんなに光が当たる。二人は、手を振る。

桜    ほーら、誰もいないじゃない?
健    ‥‥‥。(固まってる)
桜    え? あれ? どうしたの?
健    ‥‥‥。
桜    ねぇ! 雄一! どうしたのよ?
健    み、見えなかったの?
桜    え? 何が?
健    ああ‥‥そうなんだ。
桜    え? 雄一には何か見えたの? ひょっとして幽霊?
健    ‥‥‥。
桜    えー! そんなのずるいよー! 一人だけ見えてるなんてー。いいなあ。
健    ‥‥‥。

   健、薬ビンとペットボトルを取り出す。

桜    何、それ?
健    クスリ。
桜    え? クスリ? 何の薬?
健    いや、別に。
桜    ねぇねぇ、何の薬よ? ひょっとして、精神安定剤
健    まあ‥‥そんな感じかな?
桜    うわあ、そんなの持ってるんだ! すっごーい。
健    ああ‥‥。

   健、薬を飲む。

桜    ねぇねぇ、それってどんな感じなの? 元気になっちゃうの? なんにも恐くなくなったりするの?
健    いや、覚醒剤じゃないから‥‥。
桜    へぇ、そうなんだ。
健    ‥‥飲む?
桜    え? いいの? 飲んでも捕まったりしない?
健    だから、覚醒剤じゃないから。
桜    だったら頂戴!
健    ああ‥‥はい。(と薬をわたす)
桜    これって、何錠飲むの?
健    まあ、普通、一錠か二錠かな? あんまり飲み過ぎると眠たくなるから。
桜    じゃ、二錠っと。お水頂戴。
健    はい。(とペットボトルを渡す)

   桜、薬を飲む。

桜    うーん。‥‥別に何にも変わんないわねぇ。
健    いや、そんなに劇的に効いたら、逆に恐いよ。サスペンスドラマに出て来る青酸カリじゃないんだから。
桜    まあ、そりゃそうだ。
健    だろ?
桜    うん。
桜・健  アハハハハハ。
桜    うっ!(と喉を押さえる)
健    え? どうしたの?
桜    ううっ。く、苦しい!
健    桜ちゃん、大丈夫?
桜    うううううううああああ。(と悶えつつ、倒れる)
健    桜ちゃん、大丈夫?
桜    ううう‥‥。

   不気味な音楽。

健    だから言ったじゃない? そんなに劇的に効いたら恐いんだよ? ‥‥‥ま、別にサスペンスドラマじゃないんだけどね。

   桜、死ぬ。

健    桜ちゃん、大丈夫? ‥‥大丈夫じゃないか? そりゃ、そうだ。アハハハハ。アハハハハハハ。

   健、懐中電灯を消す。
   しばし、暗闇と沈黙の時間。

ユリ   なんか、ほんま、気色悪いなあ。
健    だろ?
ユリ   なんか、ほんまに出そう。マジで出るんちゃうん?
健    出るかもねぇ。
ユリ   やめて! 冗談でもそういうのはやめて!
健    えー、ユリちゃん、恐いの好きだったんじゃないの?
ユリ   いや、そら、ホラーとかオカルトとかスプラッターは嫌いやないけど、やっぱし二次元と三次元はちょっとちゃうわ。
健    真っ暗闇だったら二次元も三次元もないじゃん。
ユリ   そやから、もう懐中電灯点けて!
健    えー、真っ暗な方が雰囲気があっていいって言ったのはユリだよ?
ユリ   だから‥‥ごめん。降参。かんにん。
健    えー。案外意気地無しなんだな。
ユリ   はいはいはいはい意気地無しで結構です。もう意気地無しでええから点けて! タカシ、お願い!
健    えー。
ユリ   タカシ!
健    (自分の顔を下から照らして)何か用かい?
ユリ   キャーーーーーーーー! とか言うと思たんか? そんな超古典的なしょうもないことすんな! ボケ!(としばく)
健    いってー! 何すんだよ? あれぇ? 恐がってたんじゃなかったの?
ユリ   そら恐いことは恐いけど、しょうもなさへのむかつきは時として恐さを凌駕する。
健    はあ? 何言ってんの?
ユリ   (ユリ、自分の懐中電灯を点けて)へぇー、すごいなあ。
健    何だよ? 自分の懐中電灯持ってんのかよ? だったら、初めからそれを点けたらよかったんだろ?
ユリ   あほか。そんなんしたら雰囲気出ーへんやん。
健    え? 雰囲気?
ユリ   そやから、一応、真夜中の廃墟に男と女が二人で来てるわけやん?
健    ああ、うん。
ユリ   そういうシチュエーションやったら、「ねぇ、私、恐いわ。」「ははは、大丈夫だよ。恐くないから。」「お願い。ずっとそばにいてね。」「ははは、大丈夫だよ。ボクはここにいるから。」「お願い。手を離さないで。」「ははは、大丈夫だよ。しっかり握っててあげるから。」ちゅーのんが定番やろ? ウソでもええから。
健    まあ、そうかな?
ユリ   それを、私がちゃっちゃと懐中電灯点けて、「はい、玄関異常なし。はい、階段も異常なーし。居間の方、確認お願いしまーす。」みたいなんやったら、まるでセコムかアルソックの警備員やん?
健    何か、例えがよくわかんないけど‥‥。
ユリ   (電灯を照らして)それにしても、ようこんなのが残ってんなあ? まるでホラー映画のセットやで。
健    うん、確かに。それはそうだな。
ユリ   へぇー。すっごいなあ。(と懐中電灯を動かす)
健    ‥‥‥。

   ユリの明かりがかんなを照らす。

ユリ   あ、見て見て!
健    え?(とかんなを見る)え!
ユリ   ようできた人形やなあ!
健    え‥‥人形?
ユリ   ここ、もしかして、ろう人形館やったんかな?
健    え。
ユリ   ほんま、まるで人間みたいやな。

   ユリ、かんなに歩み寄り、かんなのあたまを一発しばく。
   かんな、顔をしかめる。

ユリ   なあ?(と健を見る)
健    ああ‥‥。
ユリ   (懐中電灯で桜を照らす)あ、ここにもいる! 見て見て!
健    え!
ユリ   へぇ、まるでほんまもんの死体みたいやな。
健    ‥‥‥。
ユリ   ひょっとして、ここってお化け屋敷やったんかな? お化け屋敷の廃墟って笑けるな。アハハハ。
健    いや‥‥だから‥‥。
ユリ   ほんま、ようできてるなあ。えい!(と、桜を踏みつける)
桜    おえっ。
ユリ   なあ?(と健を見る)
健    あああ‥‥。(桜を見ている)
ユリ   ようこんなん残ってるもんやなあ。ほんますごいわ。ほんまほんま。(と、かんなを二発しばく。かんな、ユリになぐりかかろうとする)
健    うわっ!
ユリ   え? どうしたん?
健    うわ‥‥うわああああああああ!(とユリに抱きつく)
ユリ   えー、タカシ。ちょっと‥‥こんなとこで‥‥え。

   健、ゆっくりユリから離れる。その手にはナイフ。

ユリ   ‥‥‥。な、なんじゃ、こりゃあー!(と血まみれの手をかざす)

   不気味な音楽。

健    ‥‥‥。
ユリ   タ‥‥タカ‥‥シ‥‥。

   ユリ、倒れる。死亡。
   かんな、それを見て、驚いた顔。

健    ‥‥どなたか存じませんが、ご協力ありがとう。
かんな  え。
健    フフフ。アハハハハハ。アーハッハッハッハッ。

   音楽が大きくなって、暗転。

アナウンス  ただ今より、十分間の換気休憩を行います。

   客電がつく。

 

   暗転の後、明かりがつく。
   かんな、桜、ユリが立っている。

ユリ   ‥‥ということで、うちら、しょせん王将とサイゼで殺された女どすえ。
かんな  あれ? そこまで戻るの?
ユリ   ‥‥‥。

   変な間。

ユリ   うちら、しょせん王将とサイゼで殺された女どすえ!
かんな  ああ‥‥まあ、それはとにかく、こうなると、やっぱりお仕置きが必要ですな。
桜    そやな、復讐せんとな。
ユリ   そうそう、予習復習が大事やわ。
桜    しょーもな。
ユリ   うっさいな。
かんな  あ。‥‥戻って来たみたい! ‥‥じゃ、いい?

   桜、ユリ、うなづく。

三人   月に代わってお仕置きよ!

   三人、それぞれ配置につく。
   健が頭を押さえながら戻って来る。

かんな  ずいぶん遅かったじゃない? 大丈夫?
健    うん。何か、頭がボーっとするんだよな。
かんな  大丈夫?
健    大丈夫じゃ‥‥ないかもな?
かんな  えー。‥‥とにかく、ここに座って。
健    うん。ありがと。

   健、イスに座る。首を振ったり、頭を押さえたりしている。

かんな  寝不足じゃない?
健    じゃない‥‥と思う。でも‥‥。
かんな  でも、何?
健    たまにあるんだよな、こういうの。季節の変わり目とか?特に夏になると毎年あるんだ。
かんな  偏頭痛?
健    そういうのも、あったり、なかったり。
かんな  ふーん。

   しばしの沈黙。

健    ‥‥あのさ。
かんな  うん、何?
健    ちょっと変なこと聞くんだけどさ。
かんな  うん。
健    驚かないでよね。
かんな  うん。わかった。
健    さっき、健って呼んだだろ? オレのこと。
かんな  うん、呼んだよ。
健    それって、オレの名前なのかな?
かんな  え?
健    オレ、健って言うの?
かんな  え? ‥‥何‥‥言ってるの?
健    ああ‥‥やっぱり、そうなんだ。
かんな  え? え?
健    ああ、もう、いいや。
かんな  え? 何がいいの?
健    もう、驚かせついでで、全部正直に言っちゃうよ。
かんな  ああ‥‥うん。
健    君は誰なの?
かんな  え?
健    ここはどこなの?
かんな  え?
健    ‥‥‥。
かんな  え‥‥。な、何を言ってるの?
健    わかんない。
かんな  え。
健    全部わかんない。何から何まで全部わかんないんだよ!(頭を抱える)
かんな  ‥‥‥。
健    ‥‥‥。

   かんな、舞台端に行き、桜、ユリを手招きする。
   三人、集合。
   健は頭を抱えて動かない。

かんな  何か、変なことになってきた。想定外の展開?
桜    そう‥‥みたいやね。
かんな  何なんだろ? これ?
ヨリ   何やろな?
かんな  困ったな。
桜    記憶喪失?
かんな  かな?
ユリ   でも‥‥でも、復讐はやるんやろ?
かんな  そりゃね。‥‥でも、今の状態でやってもね。
桜    そやな。自分が誰かもわかんへんのやったら、復讐にはならんわな。
ユリ   えー。何で?
桜    そらそやろ? 自分がやったことも覚えてへんのちゃう?覚えてへんことに復讐してもなあ。‥‥それって単なるいじめにしかならへんのちゃう?
ユリ   ああ‥‥。そら、そうかもしれへんけど‥‥。
桜    やろ?
ユリ   う‥‥うん。
かんな  だから、まず、記憶を取り戻させないとね。
桜    そやな。
ユリ   ‥‥まあ、そやな。
かんな  まあ、とにかく、何とかやってみる。
桜    何とかって?
かんな  それは、わかんない。わかんないけど‥‥。あなたたちも協力してくれるわよね?
桜    そりゃ、協力はするけど‥‥。でも、私らにできることなんかあるん?
ユリ   私らお化けやしな。見えてへんしな。
かんな  そりゃ、そうなんだけど‥‥とにかくお願い!
桜    ああ、わかった。
ユリ   ラジャー。

   かんな、健のところへ行く。

かんな  とにかく、落ち着きましょ?
健    ‥‥ああ。
かんな  こういうのは決して焦らないこと。時間が経てば解決す   るわよ。
健    ‥‥ああ。
かんな  少しずつ、少しずつ、思い出して行きましょう。
健    うん。
かんな  まず、昨日のことからね。‥‥昨日の夜、何を食べたか覚えてる?
健    わかんない。
かんな  そう。‥‥私たち天下一品でラーメンを食べたのよ。覚えてない?
健    ‥‥ラーメン。
かんな  あなたはこってりネギ大盛りニンニク増し増しで、私はあっさりを食べたのよ。
健    こってりネギ大盛りニンニク増し増し‥‥。
かんな  そう。‥‥どうかな? 何か思い出さない?
健    ‥‥‥。
かんな  じゃあ、臭いはどう? 人間の記憶って、案外音とか臭いとかと結びついてるって聞いたことがあるわ。
健    臭い?
かんな  じゃあ、手で口を覆ってみて。
健    え?
かんな  そう。あなたニンニク増し増しを食べたんだから、まだニンニクの臭いが強烈に残っているはずよ。

   健、手で口を覆う。

健    ‥‥‥。
かんな  どう?
健    ‥‥‥。
かんな  ニンニクの臭いは?
健    ‥‥臭い。思いっきりニンニク臭い。
かんな  どう? 何か思い出せそう?

   健、再び口を覆う。

健    ‥‥‥。
かんな  どう?
健    ラーメンの味が何となくよみがえってきたような‥‥。
かんな  他は?
健    うーん。
かんな  ‥‥ダメかな?
健    ‥‥ちょっと待って。‥‥ちょっと考えてみる。
かんな  ‥‥うん。

   健、立ち上がり、ゆっくり歩き始める。

かんな  ?

   健、部屋の中のものを触ったり、眺めたりしながら歩く。
   天井のある場所に健の視線が止まる。じっとそこを見つめている。

かんな  え? どうかしたの?
健    あ、いや。

   健、部屋を一通り回って、イスにすわる。
   桜やユリは見えていない様子。

かんな  どうかな? 何か思い出せそう?
健    ‥‥‥。

   しばしの沈黙。

ユリ   タカシ。
桜・かんな  ?
ユリ   タカシ! 私や! ユリやで!
桜    ユリ!
ユリ   あんた、私のこと殺しといて、そんなんも覚えてへんの?記憶にございませんって言うん? ほんま、ええご身分やな! そんなてきとーなんで人を殺すんか? ええかげんにしとけよ! 私は絶対あんたを許さへんから!
桜    ユリ! やめとき! そんなん聞こえてへんし!
ユリ   ほんまは聞こえてるんちゃうん? ほんまは覚えてるんちゃうん? 都合が悪いから聞こえんふりしてんのやろ! 見えへんふりしてんのやろ! おい! こら! 返事ぐらいせーよ! この、アホ、ボケ、カス!
桜    ユリ! やめーな!
ユリ   うるさい! 黙れ、ババア!
桜    え?
ユリ   そんなん、あんまりやんか! そんなんやったら、私らただの殺され損やんか! そんなんありえへん! そんなん、そんなん‥‥私がかわいそうや。(泣き崩れる)
桜    ユリ‥‥。
かんな  ‥‥それって、ありかもしんない。
桜    え?
かんな  そういうやり方もありかもしれない。
桜    そういうやり方って?
かんな  だから、あなたたちが彼に情念をぶつけるのよ。怨念をぶつけるのよ。恨んで恨んで恨み尽くすのよ。
桜    だって、私ら見えてへんのやし‥‥。
かんな  いや、そういう目に見えないパワーみたいなのが、何かを動かすかもしれない。むしろ、そういうスピリチュアルな方法の方が、この場合、有効かもしれないわ。
桜    スピリチュアルな方法?
かんな  さあ、あなたもやってみて。彼に、情念と怨念をぶつけてみて!
桜    え。そんなん急に言われても‥‥。
かんな  さあ!
桜    ‥‥雄一さん。
健    ‥‥‥。
桜    雄一さん。桜です。高峰桜です。覚えていらっしゃいますか?
健    ‥‥‥。
桜    私は、今更、あなたに恨みつらみを言うつもりはありません。ただ、
健    ‥‥‥。
桜    ただ、一つ。聞いておきたいことがあります。‥‥あなたにとって、私を殺すことに何の意味があったのでしょうか? よく通り魔殺人の犯人が「誰でもよかった」って言うことがありますが、でも、あの犯人にしても、殺すこと自体には意味があったはずなんです。
健    ‥‥‥。
桜    私を殺すことには何の意味があったのでしょうか? もちろん、意味があれば救われるというわけではありません。それでも、もし、何の意味もなかったとしたら、私は、生きることにも、死ぬことにすら意味がなかったとしたら、私の魂は、どこへ消えて行けばいいのでしょうか? せめて、せめて、私が死んだことの意味を教えて下さい。お願いします。
健    ‥‥‥。
かんな  お願い。答えてあげて! 健!
健    ‥‥‥。
ユリ   タカシ!
桜    雄一!
かんな  健!
健    ‥‥‥。

   しばしの間。

健    ‥‥一つ、思い出したことがある。
女たち   え!
かんな  何? それは何なの?
健    そこの、隅っこの天井の梁(はり)。(と指さす)
かんな  梁?(と、梁を見る)
健    そこに、えぐれた傷があるだろう?
かんな  あ、うん。
健    それは、オレの刀傷だ。
かんな  え?
健    ‥‥あれは、明治三十八年の八月二十三日。
女たち   え。
健    もう夏も終わりに近づいていたが、あの日は朝から暑い日だった。
‥‥片桐、自分の立場はわかっていような?
ユリ   はい、御主人様。
健    まさか執事のお前に裏切られるとはな。飼い犬にかまれるとはこの事だ。オレも耄碌したものだ。
ユリ   ‥‥‥。
健    覚悟はいいな? 二人共々に手打ちに致す。(と、日本刀を抜くしぐさ)
ユリ   御主人様! 私はどのような処分もお受けいたしますが、奥様はどうかお許しを!
健    寝ぼけたことを抜かすな! 事もあろうに妻の分際で、使用人と不義密通しおって。オレの顔に泥を塗りおった。許しがたきは、この女じゃ!
桜    フフフフ。アハハハハ。
健    何がおかしい?
桜    御一新から早や四十年も経とうというのに、いつまでお殿様のつもりでいらっしゃるのかしら? 手打ちなんてアナクロニズムですわよ。
健    女の分際で外国語を使うな!
桜    あなたがわたくしに求めていたのは、華族の娘という立場だけでしょ? 世が世なら、あなたは我が西園寺家の家来だったはずなのに、まあずいぶんご出世なさったものですね。でもね、これだけは覚えておくがいいわ。田端仁左衛門。お前ごときが殿様ぶるのは百年早くてよ。アハハハハハ。
健    黙れ! 黙れ! 黙れ! 成敗してくれるわ!

   健、刀を振り上げて立ち上がる。

ユリ   御主人様! おやめ下さい!
健    ええい! 止めるでないわ!

   ユリは桜をかばう。
   健は桜を追いかけ、刀を振り回す。
   逃げるユリと桜。
   やがて、健は桜を斬る。
   スバッ!

桜    きゃー!(と、倒れる)
ユリ   奥様!
健    思い知ったか! この売女(ばいた)が!
ユリ   御主人様!(とピストルを構えるしぐさ)
健    ‥‥片桐。
ユリ   私は‥‥あなたを許しません。
健    片桐!

   銃声!
   健が倒れる。
   しばしの間。

ユリ   (桜を見て)‥‥奥様。(健を見て)‥‥御主人様。

   ユリ、自分のこめかみにピストルを押し当てる。

ユリ   お世話に‥‥なりました。

   暗転と同時に銃声。

   明かりがつく。
   全員立っている。

かんな  そっか。この洋館は、あなたのお屋敷だったのね。
健    ‥‥‥。
かんな  あなたも地縛霊だったのね。ていうか、あなたが本当の地縛霊だったのね。
健    はい。
かんな  それで、若い女性たちをここに連れ込んで‥‥。
健    はい。‥‥今、思えばとりかえしのつかないことをしてしまいました。
桜・ユリ   ‥‥‥。
健    時代が時代とは言え、自分の愚かな思い込みと妻への嫉妬から、女性にあらぬ逆恨みを抱いてしまったのです。
(土下座して)本当に申し訳ありませんでした。

   間。

かんな  ‥‥どうする? 許す?
桜    うーん。どうしょうかなあ? 難しいなあ。
ユリ   うーん。今更謝られてもなあ。微妙やわ。
かんな  だよねぇ。
女たち   うーん。
健    わたくし、田端仁左衛門は男でござる。かくなる上は、死んでお詫び申し上げまする。
かんな  いや、ちょっと、それは。
健    いやいや、とめてくれるなおっかさん。背中のいちょうが泣いている。男仁左衛門どこへ行く。
かんな  はあ?
健    さらば! うおおおおおおおおおー

   健、走り去る。

かんな  あー、ちょっと待って! ちょっと!

   かんなも追いかけて去る。
   しばらくして、かんな、戻って来る。

桜    どうやった?
かんな  窓から飛び降りた。
桜・ユリ   えー!
かんな  ‥‥‥。
ユリ   ちょっとちょっと、何落ち着いてんの? まだ助かるかもしれんやん?
かんな  いやあ‥‥地縛霊がさ、自殺したらさ、どうなるのかって思ってさ。
ユリ   あ。
桜    なるほど!
かんな  さっき、あいつにそれ言おうと思ったんだけど、走ってったからさ‥‥。
桜・ユリ   まぬけやなあ。
全員   アハハハハハ。

   しばしの間。

かんな  それから、もう一つ思ったんだけど。
桜    え? 何?
かんな  その奥様とか片桐さんは地縛霊になってないのかなって。
桜    ああ‥‥なるほど! いいところに気がつきましたね!
かんな  でしょう!
桜    うん!
ユリ   それはないな。
桜    え? 何で?
ユリ   そら、あの世で結ばれてめでたしめでたしや。成仏できんで迷ってるのが地縛霊やしな。
桜    あ、なるほど!
桜・かんな  いいところに気がつきましたね!
ユリ   いやあ、それほどでも。(頭を掻く)
かんな  じゃあ、あんたたちも女の敵を退治したということで、めでたしめでたし? 成仏できるわけ?
桜    さあ?
ユリ   どうでしょう?
かんな  まあ、いいわ。私には関係ないから。‥‥じゃ、そろそろ帰るわ。結構楽しかったわ。ありがとう。
桜    え?
ユリ   帰る?
かんな  うん。
桜    ダメよ。
ユリ   うん。それはダメ。
かんな  え?
桜    あなたが帰っちゃったら、私たち、また二人ぼっちになっちゃう。
ユリ   そうよ。せっかくお友達になれたのに。
かんな  え? だって‥‥。
桜    あなたは帰っちゃいけないわ。
ユリ   そうよ。帰るなんて許さないから。
かんな  え‥‥。

   不気味な音楽。
   不気味な明かり。

桜・ユリ   ♪かーごめ かーごめ かーごのなかのとりーはー いついつでーやーるー よあけーのばんに つーるとかーめがすーべったー うしろのしょうめん だーれー
かんな  ‥‥‥。
桜    ‥‥かんなちゃん。
ユリ   わたしたち、ずっといっしょだからね。
桜    ずっとずっと。
ユリ   いつまでもいつまでも。
かんな  ‥‥‥。

   しばしの間。

かんな  ‥‥わかったわ。
桜・ユリ   え。
かんな  ずっとここにいてあげてもいいわ。どうせヒマだから。
ただし‥‥その代わり、私のことはお嬢様と呼ぶこと。私のお願いは何でもきくこと。あなたたちは私のシモベだから。それで私は三食昼寝付きね。
その条件を飲むのなら、ずっとここにいてあげてもよろしくってよ。
桜・ユリ   え。
かんな  お返事は!
桜・ユリ   え。
かんな  イエスかノーか!
桜・ユリ   えええ‥‥。
かんな  さあ、今日から毎日がバケーションよ! イエーイ! 末永くよろしくね!
桜・ユリ   ぎゃふん。

   音楽!(「バケーション」)
   暗転。

                               おわり