【これは、劇団「かんから館」が2020年8月に上演した演劇の台本です】
〈登場人物〉
鴨之橋一樹
母(鴨之橋美代子)
妹(鴨之橋華)
恋人役(山田めぐみ)
与田武志(葬儀屋)
市田桃代(葬儀屋)
1
明かりがつく。
葬儀のテーマパーク「エバーエンディングスタジオジャパン」。中央に棺桶がある。
与田が出て来る。
喪服を着て、マスク、フェイスシールド姿。
口にマイク、肩からハンディ拡声器を下げている。
ボソボソと話し出す。
与田 えー、えー、ただ今マイクのテスト中。マイクのテスト中。‥‥イッツファイントゥデイ。本日は晴天なり。本日は晴天なり。‥‥えー、オホン、本日はお日柄もえーあれですが、何ですが、わざわざ当スタジオにお出で下さりまして、誠にありがとうございます。故人に成り代わりまして‥‥じゃなかった、すみません、‥‥スタッフ一同に成り代わりまして厚く御礼申し上げます。
えー、申し遅れましたが、私、与田武志と申します。僭越ながら、当エバーエンディングスタジオジャパン、略してESJの代表をば、えー誠に僭越ながら務めさせていただいております。どうかお見知りおきを。
えー、聞こえてますか? どうですか? ‥‥あ、いや、もう少し大きな声で話せばいいのかもしれませんが、何ぶん、この時節柄、大きな声で話すのはお控え下さいと小池も申しておりますので、その点はご理解ご協力の程をよろしくお願い申し上げます。
皆々様におかれましても、休憩時間などにおきましてもですね、決して対面でお話しなどなさることのなきよう、いや、全くしゃべるなとか言ってるわけではありませんで、例えばですね、あいさつなどなさる場合はですね、(イスに座って)こう、お互いに顔をそむけてですね、「ども」「あ、ども」「お久しぶりです」「あ、ご無沙汰してます」みたいな感じで、まあ必要最小限にお話しなさる分には、飛沫の飛散も問題にならないかと‥‥(奥に向かって)あー、そうだったよね? ‥‥‥‥あれ? トイレかな? ‥‥あ、失礼しました。えー、たぶん、おそらく、加藤もそう申しておったかと‥‥、ああ、厚生労働大臣の加藤さんです、はい。偉そうに言ってどうもすみません。加藤先生もそうおっしゃってたんじゃない‥‥かなあ‥‥ほら、あれですよ。えーっと、何とか言いましたよね。ほら、あれ。あれですよ。新しい何とかって。‥‥生活?‥‥新しい生活スタイル?(奥に向かって)ねぇ、そうだったよね? ‥‥‥‥あれ? 聞こえてないのかな? いや、こっちの話です。どうもすみません。
まあ、そういうことで、皆様におかれましても、どうか健康には十分ご留意いただき、長生きして下さい。
「おい」という声。
与田 ?
声 おい!
与田 ?
棺桶のフタが開き、一樹が顔を出す。
与田 !
一樹 おっさん!
与田 ?(キョロキョロ)
一樹 あんただよ! 呼んでんだよ!
与田 え? 私ですか?
一樹 そう!
与田 はあ。で、何でしょうか?
一樹 長い! あんた、話が長いんだよ!
与田 あ、どうもすみません。しかし、この時節柄、わざわざお出で下さった奇特なお客様にですね、ごあいさつをば‥‥。
一樹 あんた、棺桶に入ったことある?
与田 え?
一樹 棺桶だよ!(棺桶の縁をポンポンと叩く)入ったことあるの?
与田 え? い、いや、まだありません。というか、まだ入りたくありません。
一樹 だろうねぇ。‥‥狭くて、暗くて、息苦しいんだよ。それから思いっきり暑いの! ‥‥夏だからね。
与田 はあ‥‥まあ、そうでしょうね。
一樹 だから、話は短くしてよ。入ってる人間の身にもなってよ。
与田 はあ‥‥まあ‥‥どうもすみません。気が行き届きませんで。
一樹 まあ、それはいいんだけどさ。
与田 はあ。
一樹 その声、何とかならないの?
与田 え? 声ですか?
一樹 そうだよ。声が聞き取りづらいんだよ。よく聞こえないの。
与田 いや、でも、大きな声は小池が‥‥。
一樹 おっさん。あんた、バカなの?
与田 え?
一樹 何のためにマイクとスピーカー使ってるの? ボリューム上げたらいいだけだろ? ボリューム上げたって、ツバは飛ばないんだからさ!
与田 あ。‥‥なるほど。そうですね。(ボリュームを上げて)こうですか?
一樹 それじゃ音が割れて、よけいに聞こえないよ!
与田 ああ、すみません。‥‥難しいですね。
一樹 それ、どこで買ったの?
与田 アマゾンで二四八〇円でした。一番安かったんですよ。
一樹 そういうのを安物買いのゼニ失いって言うの。もっと良いのを買えよ!
与田 あ、すみません。しかし、何ぶん予算が‥‥。
一樹 もう。
市田の声 呼びました?
市田がハンドメガホンを持って出て来る。
市田 与田さん、呼びました?
与田 ああ、呼んだよ。
市田 ちょっとお手洗いに行ってて。
与田 ああ、たぶんそうだろうって思ってた。
市田 それで何でした?
与田 ああ、いや、もういいんだ。済んだから。
市田 ああ、そうなんですか。
一樹 何なんだよ! この会話!
与田・市田 え?
一樹 あんたまで、何でそんなの持ってるの?
市田 いや、だから、与田さんが、大きな声は出すなって。
与田 そう。小池が申しておりますから。
市田 ユリちゃん!
一樹 何がユリちゃんだよ! あんたらウザいんだよ! ウザすぎる!
市田 (一樹にメガホンを向けて)大きな声はご遠慮下さーい。
一樹 もう! 怒るで、しかし!
与田・市田 申し訳ありませーん。
一樹 ‥‥‥。で、何だよ? 誰に向かってしゃべってんの?
与田・市田 は?(顔を見合わせる)
一樹 おっさん、あんただよ! だから、誰に向かって挨拶してんの?ってきいてるの!
与田 いや、だから‥‥。
一樹 誰もいないじゃん。
与田 いや、だから、練習しとかないとって思いまして。
一樹 練習?
与田 ほら、ですから、四月一日のオープンの予定がボツになっちゃって、それから約五ヶ月。今日が当スタジオの記念すべきお披露目ですから。
一樹 ああ‥‥そうなの?
与田 あ、はい。
一樹 お披露目ねぇ‥‥。
与田 ええ。ですから、市田も朝からはりきってます。
市田 がんばるぞー。元気! 元気!
一樹 ‥‥‥。わかったよ。‥‥で、いつ来るの?
与田 間もなくお越しになると連絡があったそうです。ねぇ、そうだったよね?
市田 んだ。んだ。さっき電話があっただ。
一樹 あんたどこ出身なの?
市田 さて、問題です! 私の出身地はどこでしょう?
一樹 それはいいから! ‥‥で、お願いしてた音楽は用意できてる?
与田 ああ、できております。‥‥市田くんスタンバイお願い。
市田 あ、はーい。
市田、引っ込む。
一樹 じゃあ、とりあえずスタンダードなやつから行ってみようかな?
与田 あ、はい。‥‥スタンダードからだって。用意はできた?
市田 はーい。できました。
市田、リモコンを持って出てくる。
与田 いや、別に出てこなくてもいいから。
市田 だって、ひとりぼっちはさみしいもん。
与田 えー。それに、何? その持ってるの何?
市田 カラオケリモコン!(ドラえもん風)
与田 何でカラオケリモコン?
市田 だって、テーマパークだから、お客さん、カラオケあったほうがいいじゃん。
与田 え、もしかしてカラオケセットとか買ったの?
市田 うん。でもね、安かったよ。ヤフオクで三九八〇〇円!
与田 おいおい、そんなの聞いてないから。
市田 だってー、経理の村本さんがいいって。
与田 えー。
一樹 おい、ま、何でもいいよ。とにかく音さえ出ればさ。‥‥じゃあ、始めようか? 最初は定番中の定番で、モーツアルトのレクイエム!
与田 モーツアルトだって。‥‥そんなのカラオケにある?
市田 あるよ。何でもカラオケ!(ドラえもん風)えーっと、モ、モ、モ、モ、これかな? はい、スタート!
一樹・与田 ‥‥‥。
市田 え、違うの? ありゃ、モーニング娘と間違えちゃった。
一樹 お前、わざとやってるだろ?
与田 私もそう思います。
市田 ちゃいまんがな。ちゃいまんがな。それは誤解だす。‥‥えーとね‥‥はい、今度こそモノホンのモーツアルト!
音楽。モーツアルト「レクイエム」。
一樹 (紙を取り出して)鴨之橋くん‥‥。遠い空の向こうから僕の顔が見えますか? 僕の声が聞こえていますか? 鴨之橋くん。いや、そんな呼び方はキミには似合わないよね。一樹。そう呼ばせてもらうよ。オレとお前の仲だからさ。‥‥一樹、お前ってほんとにずっとずっととんでもないヤツでさ、いっぱいやらかしてオレたちをびっくりさせてくれたけど、今度のこのドッキリは何なんだい? いくら何でもこんな冗談はナシにしてくれよ。ルール違反だよ? いくらお前でもさ、これだけはオレは許さないぜ。さあ、悪趣味な悪ふざけはこれくらいにして、さっさと出てこいよ。いるんだろ? そこの柱の陰とかに隠れてて、こっそりオレたちの姿を見てるんだろ? それともモニターカメラの前でお茶なんか飲んでるのか? やめだ! やめだ!こんな茶番はもうやめだ! さっさと出て来いよ。今なら笑って許してやるからさ。出て来いよ!一樹! つまんねぇかくれんぼは終わりだ!終わり! ‥‥頼むから出て来いよ、一樹‥‥。お前が出て来ないとさ、マジになっちゃうじゃん。‥‥マジの葬式になっちゃうじゃん。だから‥‥だから‥‥だから‥‥ちょっと音楽止めてくれます?
与田 え?
一樹 音楽ストップ!
音楽止まる。
与田 市田君、音楽ストップだって。
市田 もう止めました。
与田 あ、そう。
一樹 これ、ダメだな。歌がうるさいよ。
与田 そうですか? なかなかいい感じだと思いましたが?
一樹 いや、ダメ。歌の方が盛り上がり過ぎちゃって、スピーチが負けちゃう。
市田 んだ。んだ。おらもそう思うだ。
一樹 だから、どこの出身なんだよ?
市田 さて問題です。
一樹 だから、それはいいから。
市田 えー。
一樹 それに、こういうスピーチって、一見型破り風に見えて、実はある種の型にはまってるんだよな。「型破り風」の型?
与田 型破り風の型?
一樹 実際の葬式ではあまり見ないかもしれないけど、テレビや映画なんかではわりとよくあるパターン。ステレオタイプなんだよね。
与田 そんなもんですかね。難しいもんですね。
市田 いんや、おらもそう思ってただよ。
一樹 ‥‥‥。じゃあ、次の曲、行こうか? 今度はね、逆のパターンの曲。
与田 逆のパターン?
一樹 明るい曲で行こうかってね。悲しい曲は、無難でハズレはないけど、おもしろくない。
与田 おもしろくない? お葬式に面白さが要りますかね?
一樹 ああ、おもしろさって言うのはね、インタレストだよ。クリエイティビティーがあるってこと。
与田 はあ。
市田 んだ。んだ。じゃあ、モー娘で一踊りすっぺ。
一樹 いやいや、別に奇を衒うわけじゃない。明るいBGMの方が、本物の悲しみを引き出せる可能性があるってこと。言うなれば明と暗のアウフヘーベンだ。
与田・市田 ?
一樹 じゃあ、あれでいこう! 「手にひらに太陽を」!
与田 え? ‥‥それって、もしかして、「ぼくらはみんな生きている」?
市田 ♪いきーているからうたうんだ
与田 生きてないでしょ? お葬式なんだから。
一樹 だから素人は困るんだよな。言っただろ? 明と暗のコントラストだよ。その狭間に知のイノベーションが生まれるんだ。
与田 はあ。‥‥そんなもんですかねぇ。
一樹 じゃあ、市田さん、頼むよ。
市田 合点承知の助!
音楽。「手のひらに太陽を」。
市田、お遊戯風にちょっと踊ってる。
一樹 (紙を取り出して)仏教では死を往生と呼びます。往生とは極楽浄土へ行って新しく生まれるという意味です。すなわち、これは輪廻転生。リ・インカネーション。生まれ変わりの物語なのです。だからちっとも悲しくなんかない。いや、むしろお祝いすべきだ。みみずだって、おけらだって、あめんぼだって、みんなみんな死んで行くんだ、友達なんだ。
与田・市田 ‥‥‥。
一樹 音楽ストップ。‥‥んー、やっぱりこれはちょっと無理があるかな?
与田 でしょう?
市田 んだ。んだ。
一樹 んー。そうだなあ。やっぱり歌のある曲はダメだなあ。どうも歌に引きずられちゃう。無難さへのアンチテーゼとして、あえてそこで勝負したかったんだけど。
‥‥不本意だけど、やっぱり歌なしのBGMにするか?
与田 あのぅ、ちょっといいですか?
一樹 え? 何?
与田 あの、さっきのスピーチ、一樹って呼んでましたよね。鴨之橋一樹。それって、お客様のお名前ですよね?
一樹 ああ、そうだけど。
与田 ああ、やっぱり! ‥‥じゃ、じゃあ、このお葬式は、もしかして、お客様のお葬式なんですか? お葬式って言うか、お葬式の予行演習みたいな?
一樹 ああ、そうだよ。言ってなかったっけ?
与田 ああ、そうなんだ。‥‥あの、わたくし、頭がよくないもんで、難しいことはよくわかんないんですが‥‥どうしてなんですか?
一樹 どうしてって?
与田 いや、だから、お葬式というのは、普通、遺族の方がやられるもんですよね? その、企画とか、進行とか。もちろん、わたくし共も協力させていただくわけですが。
一樹 ああ、そうだね。
与田 だったら?
一樹 だから、それがイヤなんだよ。そういう風習をぶち壊したいんだ。
与田 え?
一樹 葬式ってさ、一生に一度のものだろ?
与田 まあ、そうですね。普通二度はないですね。
一樹 結婚式は一世一代の儀式とか言われてるけどさ、最近は離婚とか再婚も多いし、二度、三度やるのも珍しくない。
市田 そうそう。私のお姉ちゃんは、十月に四回目の結婚式をやるよ。
一樹 ああ、そうなの?
市田 うん!
一樹 ‥‥まあ、それはいいんだけど、それで、結婚式をやる時って、基本のプランは新郎新婦が決めるよね? 誰を呼ぶかとか、スピーチは誰に頼むか? 料理、引き出物はどうするか、なんて、かなり細かいところまで。
与田 まあ、そうみたいですね。詳しいことは知りませんが。
一樹 どうして葬式はそうじゃないわけ?
与田・市田 え?
一樹 だからさ、絶対に一生に一度しかない大事な儀式、セレモニーだよ? 自分の人生を締めくくる最後の晴れ舞台だよ? それをどうして他人任せなんかにしちゃうわけ?
与田 はあ? おっしゃってることがよくわからないんですけど。
一樹 え? どうして?
与田 晴れ舞台‥‥ねぇ。まあ、そういう言い方もできなくもないかなあ?
市田 ああ、言われてみたら、確かにそうだよね!
一樹 だろ?
市田 うん!
与田 いや、ちょっと待って下さいよ。‥‥お葬式ですよ? 故人様はその時点でもうお亡くなりになっているわけで‥‥。
一樹 だから、今のうちに決めておくんだよ。生きてるうちに。
与田 ‥‥‥。いや、まあ、確かに、最近では、自分の葬式は質素にしてほしいとか、こんなBGMを流してほしいとか、そういうご要望をなさる方もいらっしゃいますが‥‥。
一樹 だろ?
与田 でも、さっき、弔辞の原稿を読んでらっしゃいましたよね? その内容も故人様というか、お客様があらかじめお決めになる、ということですか?
一樹 うん。そうだよ。
与田 いやいや、それはやっぱり変でしょう?
一樹 だって、下手くそなスピーチとかやられたら盛り上がんないじゃん?
与田 盛り上がる?
一樹 だって、一大イベントだよ? イベントは盛り上がんなくっちゃダメでしょ? シケシケのお葬式だと、来てるお客さんにも失礼でしょ?
市田 んだ。んだ。おらもそう思うだ! 大賛成!
与田 ‥‥‥。
一樹 それが主催者のホスピタリティってもんでしょ? 要するにおもてなしの心だよ。
市田 お・も・て・な・し。(滝川クリステル風)
一樹 だいたいさあ、自分の葬式やるのに、自分の思い通りにできないなんてのがそもそもおかしいんだよ。葬式っていうのはすべからくセルフプロデュースであるべきなんだ。
与田 ‥‥セルフプロデュースねぇ。
一樹 与田さんだっけ? あんたも案外保守的なんだね? 葬儀のテーマパークなんてものを作るって聞いたから、これはかなりぶっ飛んだ人じゃないかって期待してたのに。
与田 いやいやいやいや。‥‥うーん。‥‥よござんす。わかりました。セルフプロデュースでも何でもやりましょう! バンバン盛り上げましょう!
一樹 そうこなくっちゃ!
市田 いよっ! 大統領!
一樹 さあ、葬式のイノベーションだ! レボリューションだ!新しい葬式の夜明けだ!
全員 イエーーーィ!
拍手。
一樹 ということで、歌なしの曲でということだけど、ええっと、何がいいかな?(と、曲目リストを取り出して見る)
市田 こんなのどうかな?(とリモコン操作)
音楽。「オリーブの首飾り」(ポール・モーリア)
マジックショーの照明。
一樹・与田 ‥‥‥。
市田 ‥‥‥。
沈黙。むなしく流れる音楽と照明。
しばらくして、市田、音楽を切る。
一樹 え? 切っちゃうの?
市田 え?
一樹 いやいや、そこはウソでもいいからマジックをやんなくちゃ。花を出すとか、ハトを出すとか?
市田 そんなのできない。
一樹 できないんだったら何でこの曲かけるの!?
市田 ‥‥‥。
与田 棺桶に入って、胴体切断とか?
一樹・市田 ‥‥‥。
与田 いや、冗談ですよ。冗談。アハ。
一樹 おもしろくない。
市田 おらもそう思う。
与田 すみません。
一樹 じゃあ、これで行こう! ロミオとジュリエット!
与田 お、懐かしいですねぇ。オリビア・ハッセー。
市田 でもロミジュリってラブストーリーじゃないの?
一樹 だから、明と暗のコントラストだって。それに聞けばわかるよ。はい、音楽スタート!
市田 え、そんな急に言われても。ちょっと待って、‥‥はい、スタート。
音楽。「ロミオとジュリエット」(インスト)
一樹 (紙を取り出して)ああ雲よ、月の女神よ。今だけは邪魔をしないでくれ。月よもっと明かりをくれ。(棺桶をのぞき込んで)‥‥やっと会えた。‥‥おい、一樹、僕たちははいつまでも一緒だって言ったじゃないか。あんなに暖かかった体が、こんなに凍りついて。‥‥ねえ、お願いだ、もう一度瞳を開いてくれ! もう一度僕を呼んでくれ! 一樹ー!
市田 ロミオよ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?
一樹 いや、そこじゃないから。
市田 ロミオよ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?
一樹 だから、そこのシーンじゃないって!
市田 ロミオよ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?
一樹 だから!
市田 だって‥‥だって‥‥私、そこしか知らないもん! ウウウ。いじわる。(泣く)
一樹 えー。ちょっと‥‥。
市田 (泣いている)
与田 愛する人よ、死は君の息の蜜を吸い取ってしまったが、まだ君の美しさには力を及ぼしてはいない。さあ、最後のキスをしよう。願わくは君の唇にまだひとしずくの毒の残っていることを。
一樹 おっさん、誰なんだよ? 気持ち悪いんだよ!
与田 えー。そんな‥‥。
母の声 一樹!
一樹 え?
母が走り込んでくる。
母 一樹ちゃーん!
一樹 ママ!
母 (棺桶にすがりついて)一樹ちゃん。どうして、どうして死んじゃったの? どうしてママを残して死んじゃったの? あなたなしではママは生きて行けないわ。あなたは私の宝、私の命、私の全てだったのよ。そうよ、あなたのいない世界なんて、何の価値もないのよ。こんな世界なんか、もう爆発しちゃえばいいのよ。リア充爆発しろよ。こんな世界に生きてるなんて一分一秒耐えられないわ。こんなけがらわしい空気なんかもうウンコよ。こんなの吸ってられないわ。もうママは呼吸をやめます。呼吸を止めて、あなたのところへママも行きますからね。待っててね、一樹ちゃん。(と、口をふさぐ)
一樹 ちょ、ちょっと。
母 止めないで!
一樹 いや、ママ!
母 私は一樹ちゃんのところへ行くんだから。
一樹 いや、だから、オレが一樹だから。わかる? 一樹だよ?
母 うー(うなる)
一樹 ママってば! ちょっと、音楽止めて!
市田 (まだ泣いている)
一樹、市田の所へ行く。
一樹 だから、それはもういいから、音楽止めて!
市田 え?
一樹 音楽止めて! ママが死んじゃう!
市田 ママ?
一樹 いいから止めて!
市田 あ、はい。(リモコン操作)
音楽、止まる。
母 フー。
一樹 ママ。
母 ああ、死ぬかと思った。一樹ちゃん、もっと早く止めてくんないと、ママ、マジで死ぬとこだったわよ。
一樹 何やってんの? ママ。
母 いや、一度やってみたかったのよ、こーゆーの。お芝居?昔、ママ、宝塚に憧れてたからさあ。
一樹 何だよ、それ? ‥‥あれ? 華は一緒じゃなかったの?
母 いるわよ。‥‥はなー! 華ちゃん! さっさと来なさい。
妹がおずおずと現れる。
母 あんたも一緒に参加しなさいって言ったのに、この子、いつも通りに何かゴニョゴニョ言ってさ、もうじれったいからママだけ出演したってわけ。
一樹 出演って‥‥。
与田 ああ、お母様ですか? お待ちしておりました。代表の与田と申します。
母 鴨之橋美代子です。初めまして。
与田 初めまして。‥‥そちらは?
母 一樹の妹の華です。ほら、自分でさっさと挨拶しなさい!
妹 こんにちは。鴨之橋華です。
与田 はい、こんにちは。
市田 華ちゃん、こにゃにゃちわー!
華 ‥‥‥。
与田 あれ? 車酔いでもしたのかな?
母 いや、この子はいつもこんななんですよ。グズでノロマで暗くて人付き合いが下手くそで。
与田 あ、ああ、そうなんですか。
母 もう、ほんと、お兄ちゃんと逆だったらよかったのに。
市田 華ちゃん、ちょっと緊張してるのよね。ほら、ちょっとこっちのイスに座ってて。
妹 どうも。お心遣い、痛み入ります。
市田 え?
妹、イスに座る。
与田 さてさて、急に人が増えちゃいましたね。ちょっと空気もよどんできたかな?
じゃあ、この辺で換気でもしましょうか?
母 え?
与田 いやあ、トシを取ってるとね、その辺、ちょっと神経質になりますもんで。まあ、この密閉空間ですから、余計にね。お母さんもおわかりでしょう?
母 はあ。
与田 あ、失礼。お母さんは、まだまだお若い。こりゃ大丈夫だ。みなさん、それじゃ、ここで十分間、換気休憩を行いまーす。
与田以外 えー!
全員、ゾロゾロと退場。
換気休憩タイム。
2
客電消える。
音楽。「白鳥の湖」(チャイコフスキー)
突然明かりが点くと、タキシード姿の男(母)が棺桶に腰 を下ろして電話をかけている。手に写真を持っている。
(サス明かり)
母 え? どういうことなんだ? こんな写真が使えるとでも思ってんのかよ? 分かってんのか? 七五三の記念写真じゃねーんだよ! 色とかピントかそんなのどうだっていいんだ! 一世一代の葬式の遺影なんだぜ! お前、鬼気迫るって言葉の意味が分かってんのか? え? どうわかってんだよ? 言ってみろよ! 今すぐ言えよ!‥ん‥ん‥。馬鹿野郎! 全然違ーう! 場末の映画館の安っぽいゾンビ映画じゃねぇんだ! 血糊とか化粧とかでごまかすんじゃねぇ! 魂だよ! パッションだよ! 一目見ただけで、脳髄まで凍り付き、阿修羅も悪魔も閻魔大王もその禍々しさに恐れおののき、震え上がらせなくちゃ話になんねぇ! どうするかって? それをお前が考えるんだろうが! それがプロフェッショナルの仕事だろうが! バカヤロー!
母、激しく電話を切る。
母 もう。どいつもこいつも。
一樹が現れる。
一樹 おやおや、ずいぶんご機嫌斜めなようですな。出直しましょうか?
母 それには及びません。いつものことですから。あなたは?
一樹 本日付で洛外セレモニーからヘッドハンティングという名の金銭トレードをされて着任しました熊田と申します。
母 熊田‥‥。
一樹 曜吾です。
母 何だか、賞味期限の切れたグラビアアイドルみたいなお名前ですな。そろそろ夜中の通販番組にご出演ですかな?
一樹 失礼ですが、名前のことは言わんで頂きたい。これ以上言うと本気で殺しますよ。
母 いやあ、冗談です。あなたでしたか、京都、いや、関西、いや、全日本葬儀業界随一の切れ者と聞いていますよ。
一樹 あのう、木村権兵衛部長は?
母 私です!
一樹 お若いんですね。
母 若いといけませんか?
一樹 それにしても、音楽といい、始まり方といい、まるっきりパクリじゃありませんか? 著作権の方は大丈夫なんですか?
母 あの方はね、そんなセコいことはお考えになりません。「小さな劇団等の方の上演料はいりません。自由におやり下さい。」とおっしゃってました。
一樹 それは太っ腹ですな。さすが、大先生だ。たしかに、ここは観客が二十人も入れば大入りの弱小泡沫劇団だ。よかったですね。
母 バカにしてるのか! 貴様!
一樹 褒めてんだよ! 意味なく叫びまくって飛沫を飛ばしてんじゃねえよ!
母 何!
にらみ合う二人。
市田 こらあ! あめえら、何つまんねぇけんかしてるだ!
一樹 出たな、妖怪! ‥‥オレはお前を知ってるぞ。この場面設定で登場する女と言えば、お前は水野だ! 水野‥‥。
市田 きぬと申します。おきぬとお呼び下さいまし。どうかご贔屓のほどをお願い致します。
一樹 何だよ、それ? 拍子抜けすんじゃん。
母 フフフ、若いな。人を見かけで判断しちゃダメだって、小学校の先生に習いませんでしたか?
一樹 どういう意味です?
母 そういう意味です。この女がどういう女か、あなたわかりますか?
一樹 え?
母 私が彼女の女です。アハハハ‥‥。いやあ、照れますな。
一樹 ちょ、ちょっと待て。何つった? 今何つったの?
母 だから、私が彼女の愛人です。キャー、恥ずかしい!
一樹 え? どういうこと? (市田に)ねぇ、どゆこと?
市田 だから、そういうことです。彼女はウソがつける女じゃありません。
一樹 え、女? だって、木村権兵衛って‥‥。
市田 あなた、まさかズボン履いてる人間はみんな男だとか、そんなアナクロな信仰をお持ちなんですか?
木村権兵衛とは世を忍ぶ仮の姿。あなた、男装の麗人、川島芳子(よしこ)の名前はご存知なくって?
一樹 川島芳子! 清朝皇帝の血統を引き継ぎ、国共内戦のさなかに国民党に銃殺されたというあの伝説の川島芳子がこいつだというのか? そんな馬鹿な!
市田 馬鹿なのはあなたよ。もし生きていたとしたら、もう百歳をとっくに超えているわ。この子はね、その川島芳子のひ孫、川島葦子(あしこ)、又の名を愛新覚羅瑞麗(あいしんかくらずいれい)、頭が高いーい!
一樹 ははー。(ひれ伏す)
母 おきぬちゃん、やめてよ。それを言ったら恥ずかしいじゃない。
市田 あーら、そうだったわね。アッちゃん、ごめんなさいね。
母 まあ、いいんだけどね。あなただったら何でも。
市田 あなたのそういうところが、私、好きよ。
母 まあ、うれしいわ。うれしすぎて泣いちゃいそう。
市田 泣きたい時は思う存分お泣きなさい。私がなでなでしてあげるから。おー、よしよし。
母 お姉様うれしゅうございます。
市田 愛(う)いやつじゃ。おー、よしよし。
母 お姉様。
一樹 おいおい、何だよ? 何なんだよ? 話がちょっと変な方向に脱線しすぎてない?
妹の声 そう言うだろうと思ったよ。
一樹 だ、誰だ?
妹 (マイクを持って登場)人呼んで遊星仮面!
音楽。「女々しくて」(カラオケ)
妹 って、何なんだよ。このセリフ。だから年寄りにしかわかんねぇセリフ書くなって!
♪自粛して自粛して自粛してつらいよー
ほんとはさ、あそこの扉をぶち開けてかっこよく歌いながら登場したかったんだけどさ、今のご時世がそれを許さねぇってんで、ほんと、しがねぇチンケな世の中だぜ。
皆様、大変長らくお待たせ致しました。ステイホームの足かけ五ヶ月の長い長い旅路の果て、たどり着いたここ大人間座スタジオ。毎日毎日本当につろうございました。退屈でございました。本当にお疲れ様でございました。いよいよカタルシスの時であります。いよいよ真打ちの登場であります。盛大な拍手をお願い致します。
ありがとうございます。ありがとうございます。
一樹 出たな。史上最低のチンケな殺人犯。大山金太郎! まだ十三階段の露と消えてなかったのかい?
妹 お前、ほんとに馬鹿だなあ。それはじっちゃんだよ。オレは孫の大山タツマスってんだ。そこんとこヨロシク!
一樹 何だ何だ何だ? ややこしい名前付けやがって。大木金太郎か、大山倍達(ますたつ)か、はっきりしやがれってんだ! この空手バカ三代目が!
妹 アタタタタタタタタタタタタタ!(一樹倒れる)
だから、ジジババにしか受けねぇセリフ言わせるなって言ってんだよ!
♪しゃべりたいね かっこいいセリフ
声の限り 叫びたい
ライト浴びて 視線集めて
キメキメでやりたいのに
古すぎて古すぎて 意味がわからん
古すぎて古すぎて 友達寝てる
古すぎて古すぎて しょせんジジイの書いたセリフはもう
古すぎて古すぎて古すぎてつらいよー
全員、ちょっと踊る。
なぜか大爆発! 全員倒れる。
しばしの静寂。
ハイヒールの足音。
めぐみが出て来る。
めぐみ 天下一葬儀会の会場って、ここでよかったのかしら?
めぐみ以外 !
一樹 お前は、誰だ?
めぐみ 人呼んで‥‥‥って、そんなカビの生えたようなセリフを私が言うとでも思って?(と、色っぽく歩いてどこかに座る。パイプを吸う?)
一樹 (ひそひそと)おい、ちょっと。‥‥マジでさ、誰なんだよ?
母 さあ? 聞いてる?
市田 ううん。
妹 ‥‥‥。
一樹 あんなやつ、キャスティング表にあった?
母 さあ? ちゃんと見てないから。
一樹 オレの記憶にはないけどな。
市田 もしかしてアレじゃない?
母 アレって?
市田 だから、アレよ。葬式泥棒。
一樹 何それ?
市田 え? 知らないの? ほら、お葬式って色んな人がゴチャゴチャ集まっててさ、誰が誰なのかよくわかんないじゃん? それでそのどさくさにまぎれて、「私、受付の手伝いを頼まれまして。」「ああ、そうなんですか。それじゃ、こっちの会社関係者の方をお願いします。」「はーい、わかりました。」とか言って、気がついたらいつの間にかいなくなってて、香典もなくなってる。
母 あ、香典泥棒?
市田 ああ、そうとも言うわね。
母 そういうの、結婚式にもいてさ、そっちは御祝儀泥棒って言うのよ。
市田 ああ、なるほど。
母 まあ、結婚式の御祝儀の方が単価が高いからね。三万円ぐらい?
市田 でも、結婚式場の受付に紛れ込むのは難しいわよ? それだったら置き引きみたいな荒技になるんじゃない? どさくさだったらやっぱり葬式でしょう?
母 まあ、そういうことになるか。‥‥それじゃ、コスパを取るか、リスクを取るかという二択になるよね。
市田 だったら、私は香典泥棒だな。捕まるのはイヤよ。
母 いや、でも、香典は安いよ? ヘタしたら千円、二千円ってのもあるから。
市田 え、マジ? そんなに安いの?
母 うん。それに最近は「献花、香典は辞退します」ってのも多いし。
市田 あれってやっぱり泥棒対策なの?
母 ていうより、香典返しがめんどくさいのよ。
市田 あ、そっか。
母 うん、そう。あなたやったことある?
市田 え? 香典泥棒?
母 バカ! じゃなくってさ。
一樹 あんたら、何で井戸端会議やってんの!
母 あーら、
母・市田 ごめんあそばせー。オーホッホッホッ。
一樹 ‥‥‥。しょうがねぇなあ。じゃ、オレがきいてくる。
妹 その必要はないぜ。
一樹 え? どういう意味だ。
妹 あいつは、泣き女だ。
一樹 え? 泣き女?
母・市田 泣き女?
与田の声 説明しよう。
「泣き女」とは葬儀の際に雇われて号泣する女性のことである。中国、朝鮮半島、台湾、などの東アジア地域に多く見られる伝統習俗で、その起源は儒教にあるとされる。すなわち、儒教文化においては、参列者の涙の量が故人の生前の徳を表すと考えられているのだ。また、それとは別に、泣き女の号泣が「悪霊ばらい」や「魂呼ばい」といったアニミズム的な役割を持つとも言われている。
めぐみ あたしさあ、ほんとはさっきのシーンに登場するはずだったのよねぇ。それがさ、新幹線がちょっと遅れちゃってさあ。だから、文句言うんだったら、JRに言ってよね。あたしは全然悪くないから。
めぐみ以外 ‥‥‥。
めぐみ それでさあ、そのシーンで、あたし、一樹って男の恋人って設定だったんだけど‥‥その一樹って誰?
一樹 あ‥‥はい。オレが一樹です。
めぐみ ふーん。‥‥間に合わなくて、どうもごめんなさいね。
一樹 あ、いや。
めぐみ でもさ、そーゆー設定に変えるのもアリなんじゃない?
一樹 え?
めぐみ だからさ、最愛の恋人が、男の死に駆けつけるわけよ。でも、新幹線が動かなくてさ、葬式に間に合わなくて、誰もいなくなったカラッポの斎場で泣き崩れるの。‥‥それって結構ドラマチックじゃない? ま、そのままなんだけどさ。災い転じてナントヤラよ。
一樹 はあ。
めぐみ 何なら、今からやりましょうか? 一応バイト代もらうんだからさ、なんにもしないってのも悪いでしょう?
一樹 いや‥‥それは。
めぐみ あたしは全然かまわなくってよ。お仕事ですから。
一樹 いや、それは、本当に‥‥。
めぐみ あら、そうなの?
一樹 あ、はい。
めぐみ ふーん。(と遠くを見る)
一樹 ‥‥‥。
妹 一樹さん。
一樹 え?
妹 葬儀の女神って知ってますか?
一樹 え? 葬儀の女神? ‥‥待てよ。どこかで聞いたことがあるぞ。
妹 彼女がその葬儀の女神なのです。東京大学葬祭研究部部長、山田めぐみ、その人です。
一樹 東大葬研! そうか! 思い出した! 葬儀の歴史、文化、習俗を研究するのみならず、その実践活動をも行う日本葬祭学の頂点! 東京大学葬祭研究部! その創設者は、確か東大教授の山田‥‥。
めぐみ 山田良平。私の亡き父です。
一樹 亡き父? お亡くなりになったのですか?
めぐみ 即身仏の実践研究のために、自ら地中に籠もり、早や五年になります。もはや生きてはおりますまい。高野山麓の塔頭(たっちゅう)と聞いております。(合掌する)
一樹 即身仏‥‥。す、すごすぎる‥‥。
めぐみ だから、このお仕事が終わったら、せっかく関西に来たのだから高野山の方へも足を伸ばそうかと思っていたのです。
一樹 それは‥‥どうも。ぜひ、行ってあげて下さい。
めぐみ ありがとう。‥‥でも、今からだと時間がないから、明日にするわ。
一樹 そうですか。
めぐみ さっきね、ここに来る時、声が聞こえたんだけど、あれは何?
一樹 え? いや、何て言うか‥‥。
めぐみ 「熱海ごっこ」じゃなかったかしら? 違う?
一樹 あ、はい、そうです。熱海ごっこです。
めぐみ 今時、「熱海殺人事件」なんかやろうとする人がいるのね。
一樹 ああ、はい。いや、うちの主宰が年寄りなもので。
めぐみ おもしろそうね。私も入れてもらっちゃダメかしら?
一樹 え?
めぐみ 熱海ごっこ。
一樹 あ、ああ‥‥。
母 いいんじゃない? 別に。
市田 んだ、んだ。オラもそう思うだ。
妹 全然かまわないと思うけど、役はどうすんの?
一樹 え? 役? あ、そっか。
めぐみ どういう配役になってるの?
母 木村です。
一樹 熊田です。
市田 水野です。
妹 大山です。
めぐみ あら、全員おそろいなのね。
一樹 はあ、まあ。どうしましょう?
めぐみ じゃ、いいわ。
一樹 いや、せっかくだから、何か新しい役を作りましょう!
母 そうだな。
市田 んだ、んだ。
めぐみ いいわ。私、役者じゃなくっても。
一樹 いや、だから。
めぐみ つかこうへいをやるわ。
めぐみ以外 !
一樹 つ・か・こ・う・へ・いって、あのつかこうへいですか?
めぐみ うん。あのつかこうへい。
めぐみ以外 えー!
めぐみ 何か問題でも?
一樹 い、いや‥‥。(と、役者達に救いを求める)
役者達 ‥‥‥。(うなづく)
めぐみ じゃ、決まりね?
それじゃ、始めるぞ。全員スタンバイ。グズグズしてんじゃねぇ! さっさと動け! はい、各自、適宜柔軟とか発声とかしとけよ!
各自、あわてて、腕立てとか、腹筋とか、声出しとか始める。
そのガヤガヤうるさい中。
一樹 それで、今回のテーマは?
めぐみ ‥‥‥。(遠くを見ている)
一樹 つか先生、今回のテーマは?
めぐみ ‥‥‥。(遠くを見ている)
一樹 つか先生! 先生! あなたはつか先生でしょ!
めぐみ ああ‥‥そうだよ。
一樹 それで、今回の作品のテーマは何ですか!
めぐみ テーマ? それ、おいしいの?
一樹 え?
めぐみ テーマなんかないよ。今回も、次回も、次々回も、次々々回も。
一樹 え?
めぐみ 前前前世から来来来世までテーマはないの。
一樹 いや、だって。
めぐみ テーマなんか決めたら、だいたい四〇〇字もあれば終わっちゃうじゃん。で、それ読んだらいいじゃん。芝居なんかいらないじゃん。
一樹 ええ? じゃあ、どうするんですか?
めぐみ テーマはないけどタイトルはあるよ。
一樹 え? どんなタイトルですか!
めぐみ うーんとね、ちょっと待ってね。今考えるから。
一樹 えー! あるんじゃなかったんですか!
めぐみ あった、あった! えーっとね、「熱海不連続殺人事件。昼下がりに悶える女が見たコロナ地獄。」
一樹 ‥‥‥。何ですか? それ? 日活ロマンポルノの題名ですか?
めぐみ まあ、適当な題名だから、また適当に変わるでしょう。
一樹 えー、そんな、いい加減な!
めぐみ じゃあ、ぼちぼち始める、ゾ。
一樹 あ、はい。
めぐみ するとあれか? ノストラダムスの大予言が、ちょこっとこっちの方にずれてしまったということか?
一樹 え?
めぐみ 何やってんだ? オレの言う通り、おうむ返しするんだよ!
一樹 あ、あ、はい! ええっと‥‥。
めぐみ するとあれか? ノストラダムスの大予言が、ちょこっとこっちの方にずれてしまったということか?
一樹 するとあれか? ノストラダムスの大予言が‥‥えっと、ちょこっとこっちの方にずれてしまったということか?
めぐみ えっとはいらない!
一樹 はい! すみません!
めぐみ まあ、二十年ばかりの誤差だったら、ニアリーイコールと言えなくもないか。ハハハッ。
一樹 まあ、二十年ばかりの誤差だったら、ニアリーイコールと言えなくもないか。ハハハッ。
めぐみ (妹の所に行って)何がニアリーイコールだ? ふざけんじゃねぇ! 二ヶ月ならまだしも、二十年もずれてたら、予言の意味なんかねぇじゃん!
妹 何がニアリーイコールだ? ふざけんじゃねぇ! 二ヶ月ならまだしも、二十年もずれてたら、予言の意味なんかねぇじゃん!
母 おお、これがウワサの口立てか!
市田 え? 口立て?
母 つかこうへい事務所に伝わる秘術、奥義だ。
市田 へぇ。
めぐみ (一樹に)そうだ。意味なんかないよ。(妹に)何? どういう意味だ?
一樹 そうだ。意味なんかないよ。
妹 何? どういう意味だ?
めぐみ (一樹に)だ・か。ら、どういう意味もへったくれもないって!(妹に)もう! そういう揚げ足取りはやめて!
一樹 だ・か・ら、どういう意味もへったくれもないって!
妹 もう! そういう揚げ足取りはやめて!
めぐみ (一樹に)てめえ、もしかして、受験勉強の時、日本史の年号を語呂合わせでカードに書いて覚えてたクチだろ? 鳴くよウグイス平安京とか、以後よく来るザビエルさんとか?(妹に)え! どうして知ってるんだ?
一樹 (一樹に)てめえ、もしかして、受験勉強の時、日本史の年号を語呂合わせでカードに書いて覚えてたクチだろ? 鳴くよウグイス平安京とか、以後よく来るザビエルさんとか?
妹 え! どうして知ってるんだ?
めぐみ (一樹に)顔見りゃわかるよ。そういう勉強じゃFラン大学にしか入れねぇ。おめえのツラにはFランがにじみ出てる。(妹に)何だと! やるのか!
一樹 顔見りゃわかるよ。そういう勉強じゃFラン大学にしか入れねぇ。おめえのツラにはFランがにじみ出てる。
妹 何だと! やるのか!
めぐみ (母の所へ行き)一九九九年の七の月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために。
母 一九九九年の七の月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために。
めぐみ (市田に)わけわかんなーい。
市田 わけわかんなーい。‥‥って、あたしそれだけ?
めぐみ (母に)その二十一年遅れでやって来た恐怖の大王は、さしずめ新型コロナウイルスだとお思いでしょうが、案外そうとも限りませんよ。(市田と妹に)え? どういうことだ?
母 その二十一年遅れでやって来た恐怖の大王は、さしずめ新型コロナウイルスだとお思いでしょうが、案外そうとも限りませんよ。
市田・妹 え? どういうことだ?
めぐみ (母に)二〇二〇年の七の月に何があったかご存知ですか? まあ、新聞やニュースを見てたら簡単な問題ですが。(市田と妹に)ううう‥‥。
母 二〇二〇年の七の月に何があったかご存知ですか? まあ、新聞やニュースを見てたら簡単な問題ですが。
市田・妹 ううう‥‥。
めぐみ (母に)六月三十日、中国の全国人民代表大会は「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決。翌七月一日に施行した。(市田と妹に)それがまさか、恐怖の大王だと言うのか!
母 六月三十日、中国の全国人民代表大会は「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決。翌七月一日に施行した。
市田 それがまさか、
妹 恐怖の大王だと言うのか!
めぐみ (母に)さあ、それはわかりません。まあ、歴史なんか、後から何とでも解釈できますからね。‥‥事実は存在しない。解釈だけが存在する、ってニーチェ先生もおっしゃってます。
母 さあ、それはわかりません。まあ、歴史なんか、後から何とでも解釈できますからね。‥‥事実は存在しない。解釈だけが存在する、ってニーチェ先生もおっしゃってます。
めぐみ でもさ、ホントはそんなのはどうでもいいんだよ! 周回遅れのノストラダムスの大予言が当たろうが当たるまいが、そんなのホームランバーの当たり以上に意味がない。
それより問題なのは、コロナが、人の生き方のみならず、死のあり方を変えてしまったってこと。
めぐみ以外 ‥‥‥。
めぐみ イタリアの老哲学者ジョルジョ・アガンベンは、コロナ下における「死者の権利」の問題を提起した。
新型コロナで亡くなった人間は、葬儀も行われずに埋葬される。遺体は、感染防止用の特殊なビニール袋にパッキングされ、焼かれる。それはもはや火葬なんかではない。汚染ゴミの焼却処分だ。その処分に親族は立ち会うことはできない。それはまさに「死者の権利の蹂躙」に他ならない。
彼は、何も、葬儀というセレモニーのあり方の変容を嘆いているだけではない。人間の死に方とは、そのまま生き方の問題であり、社会のあり方、人間のあり方の問題なのだ。
新聞やテレビに毎日発表される数字。感染者二〇二〇万人、死者七四万人という圧倒的な数字の暴力。ここにおいて、人の死は、もはや統計的な数字でしかない。そして「そのことに、人が少しも違和感を感じないことに違和感を感じる」と彼は言うのだ。
そして、もう一つの重要な問題提起。
「生存以外のいかなる価値も認めない社会というのは、一体何なのだろうか?」
生きている人間の感染リスクを避けるために失われてしまった死の尊厳。教会の神父も牧師も法皇も感染リスクを恐れ、病める者を見舞い、死者を弔うことを諦めてしまった。いつの間に教会は「科学の小間使い」になってしまったのか?と彼は問いかけるのだ。
突然、正面のモナリザの絵か開き、与田が顔を出す。「七生報国」のハチマキ。
与田 生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。
めぐみ またそれかよ? お前、そればっかじゃん。それしかないの? そういうのを馬鹿の一つ覚えって言うんだよ!
与田 だって‥‥。
めぐみ だってじゃない! そんなに三島由紀夫が好きだったら、今すぐ腹かっさばいて死んだらどうなの?
与田 いや‥‥お腹切るのは痛そうだし‥‥。
めぐみ 何だよ、何だよ! もう、情けな過ぎて涙も出て来ないよ。度胸も根性も覚悟もないくせに。出直しておととい来やがれ!
与田 はーい。
与田引っ込む。
めぐみ ほんと、イマドキの年寄りと来たら‥‥。
妹 つか先生、‥‥いや、山田さんか? どっちでもいいんだけど‥‥。
めぐみ 何?
妹 その、イタリアの何とかというじいさんだけど‥‥。
めぐみ アガンベン。
妹 その「死者の権利」って何なの?
めぐみ え?
妹 死んだヤツなんかどうでもいいじゃん?
めぐみ え?
妹 死者を敬えとか、死者の思いを大事にしろとか、もうそういうのいいかげんにやめてもらえないかな?
めぐみ 何が‥‥言いたい?
妹 はっきり言って迷惑なんだよ。死んでまでゴチャゴチャ言わないでほしいんだよ。そんなのほとんど老害だから。
めぐみ ‥‥‥。
妹 そんなこと言ってるから、さっきの七生報国のじじいみたいに、「歴史と伝統を守れ」とか「英霊の声を聞け」とかわけのわかんないこと言い出すやつが出てくるんだよ。
どうして今生きてる人間が、過去の死んだ人間の思いに縛られなくちゃなんないの?
死んじゃったらもうおしまいなのよ。はい、それまでよ。人間、諦めが肝心なのよ。そうじゃない?
死者の思いとか声とか言い出したらキリがないよ? それこそ、北京原人の怒りから、縄文人の呪い、楠木正成の無念、特攻隊の果たせぬ思い、原爆犠牲者の悲しみまで、そんなの全部背中にしょってたら何もできないよ。一歩も歩けやしない。
命あっての物種って言うより、今が一番大事。今しかないんだよ。人間は現在進行形でしか生きられないんだからさ。死んだ連中だって生きてる時はそうだったんじゃないの?
めぐみ 歴史を忘れた人間に未来はない。
妹 そうかなあ? その歴史って何なの? オレは歴史なんか信じないね。それこそ、歴史なんか後からどうとでも解釈できるからね。それこそ、歴史が存在するんじゃなくって、解釈だけが存在するんだよ。生きてる人間の生きてる人間による生きてる人間のための解釈がね。
めぐみ ‥‥‥。
母 華ちゃん!
妹 え?
母 あんた、男役だったらちゃんとできるんじゃない?
妹 え?
母 そうだったのね。ママもっと早く気づいていたらよかったわ。だったら、ちゃんとバレエとか習わせて、宝塚に入れるんだった。
妹 ‥‥‥。
母 ママはね、あなたをアイドルにして、ステージママになりたかったのよ。十代でデビューさせて、ファッション雑誌の表紙を飾ってほしかったの。ブルガリとかシャネルのアンバサダーになってほしかったの。
妹 ‥‥‥。
母 だから、ほんと言うとね、イケメンの外人と結婚してさ、ハーフの子がほしかったのよね。それで、ちっちゃい頃からインターナショナルスクールに入れてさ、英語もフランス語もペラペラでさ、それでピアノも歌もダンスも習わせて、それから上智か青学かICUに入学させてさ、‥‥そういうのに憧れてたの。
それなのに、あなた、どう見てもバリバリの日本人顔じゃない? 目も細いし、それにチビだしさ。おまけにコミュ障のオタクになっちゃって。ほんと、ママの理想の真逆になっちゃって。ああ、もう最悪だー、もう私の夢はおしまいだー、もうこんな子生むんじゃなかったーって、ずっとそう思ってたから。
妹 ‥‥‥。
母 今からでも何とかならないかしら? もうそのトシじゃ宝塚は無理よねぇ? 男装のアイドルってないのかしら? 女装のタレントは一杯いるのに、何で逆はないのかしら?世の中、不公平だよねぇ。
もう、思い切って一発勝負を懸けてみる? 新しいジャンルを開拓してみる? でも、なかなか受け入れてくれるプロダクションがないでしょうねぇ。
妹 ‥‥ああ、そういうこと?
母 え?
妹、歩いて行き、母の隣に座る。
妹 ママ、あのね。
母 何?
妹 私が中学生の時、ママに相談したの覚えてる?
母 相談? そんなことあったかしら? 何の相談?
妹 いや、相談の中身はいいんだけど、ほら、中学生ぐらいの女の子って、ちょっとしたことが気になって、結構深刻に悩んだりすんじゃん?
母 ママはそういうのなかったわよ。
妹 うん。そうだと思う。私、結構真剣に相談したんだけど、ママは「私、そんなこと考えたことなかったから、わかんないわ」ってケラケラ笑ってた。
母 あら、そうだった? そうよねぇ、ママはポジティブシンキングっていうか、昔から悩んだことなんかないからね。
妹 うん。そういう自慢みたいなのも言ってた。それで、ああ、もうこの人に言うんじゃなかったって思ったの。
母 ふーん。
妹 それでさ、うちには女兄弟もいないしさ、それから、そういうマジな話をできる友達もいなかったしさ。
母 そうよねぇ。あなたって、ほんとに絵に描いたようなコミュ障で、友達いなかったもんねぇ。
妹 いや、全然いないわけでもなかったんだけどさ。
母 え? そうなの? たとえば誰?
妹 いや、ママは知らないと思う。大人しくて地味な子だからさ。
母 そうよねー。地味な子は、ほんとに地味ーな子とばっかり地味ーにくっつくのよね。オタク仲間って、だいたいそうよね。
妹 ‥‥‥。
まあ、そうよね。まあ、そういう地味なオタクの友達だけどさ、その子がいなくなっちゃったら、私、ほんとに一人ぼっちになっちゃうからさ、だから、微妙に距離を取っちゃうのよね。空気ばっかり読んでさ、ホントの気持ちがしゃべれない。うっかり言っちゃったら、二人の関係が壊れちゃうんじゃないかって、ビクビクしてさ。まあ、その子もたぶんそうなんだろうけど。
それで当たり障りのないアニメの話とか、ゲームの話ばっかりしてた。そうやって仲よさそうにしてた。
母 へー。ほんと、オタクの子ってめんどくさいのねぇ。バンバン言っちゃえばいいのに。
妹 ‥‥‥。
あとさ、ママ、パパのこと、全然話さなかったよね。
母 あ、それね‥‥、あの人のことはね、ママの黒歴史だからさ、もうなかったことにしておこうって決めたの。悪いけど。もう、あなたが生まれる前にさ。
妹 ふーん。‥‥でもさ、ママにとってはそうかもしれないけど、私にとってはやっぱりパパなのよね。どんな人なのか知らないけど。‥‥でさ、やっぱりどんな人なのかなあってたまには思うわけよ。
母 いや、どんな人っていうほどの人じゃないわけよ。何であんな人と結婚しちゃったのかって、ママ、今でも思うのよ。まあ、若気の至りってヤツなんでしょうね。ほんと、イケメンの外人だったらよかったんだけど。ごめんなさいね。
妹 ‥‥‥。
だからさ。率直に端的に言うとね、私、ママが許せないの。
母 え?
妹 私、ずーと、ママのこと、恨んでるの。
母 え?
妹 憎んでるの。この人のせいで、私の人生は台無しになっちゃったって思ってるの。
母 え? 華ちゃん、何言ってるの?
妹 私、ずっと前から思ってたことがあってさ。‥‥将来、私よりママが先に死ぬじゃない? それで、私がお葬式に行くじゃない? で、日本の伝統的な考え方としては、死人を鞭打たないっていうか、水に流すっていうか、そういう時には過去のしがらみもチャラにしちゃうって習慣があるんだけど、私は絶対にそうはしない。葬儀の祭壇に飾ってあるママの棺桶をみんなの見てる前でたたき割って、そしてママの顔にツバを吐きかけてやるの。ペッって。ペッペッペッって何度でも何度でも吐きかけてやる。その想像だけで、その夢だけで、今日まで生きてきたのよ、私は。ママ、知ってた?
母 華ちゃん‥‥。
妹 変な子でしょう? やっぱり根暗でコミュ障なオタクだからね。
母 え‥‥。
妹 でもね、もう待てない。ママが死ぬまで、私は待てない。
母 ‥‥‥。
妹 だから、ママ、死んで。
妹、落ちていた腰ひもを手にする。
母 華ちゃん!
妹、母の後ろに回り、腰ひもで首を絞める。
母 !
音楽。
妹 どうして今生きてる子供が、身勝手な親の思いに縛られなくちゃなんないの? 親を敬えとか、親の思いを大事にしろとか、もうそういうのいいかげんにやめてもらえないかな? はっきり言って迷惑なんだよ。
母 ううう!(悶える)
妹 どうして今生きてる人間が、過去の死んだ人間の思いに縛られなくちゃなんないの? 死んじゃったらもうおしまいなのよ。はい、それまでよ。人間、諦めが肝心なのよ。そうじゃない?
母 オレじゃねえよ!
一樹 じゃあ、なぜ水着を持って行かなかったんだ!
めぐみ 「オレじゃねぇよ」いつ聞いても真に迫るものがありますな。実にいい。「オレじゃねぇよ」この一呼吸おいたところが、実にリアルだ。が、あなたじゃないためにも、ここんとこははっきりさせておかないと。
母 ‥‥海が見たいって言ったんだ。
妹 命あっての物種って言うより、今が一番大事。今しかないんだよ! 人間は現在進行形でしか生きられないんだからさ!
一樹・市田・めぐみ アイ子は、海が見たいと言ったんだ。涙こらえて言ったのさ。肩を震わせ泣いたのさ。一人で見るのが恐いから、一緒に見ようって泣いたんだ。
与田の声 さあさ、親の因果が子に報い、いよいよ盛り上がって参りました「熱海不連続殺人事件。昼下がりに悶える女が見たコロナ地獄」。
しかーし、やたらと叫びまくるセリフの連続で、エアーゾルの飛散も気になるところであります。
ということで、誠に申し訳ありませんが、ここで今一度、十分間の換気休憩を頂戴致します。
この後、どう続くのか、続かないのか、それはまたのお楽しみ!
客電つく。
換気休憩タイム。
3
客電消える。
音楽。「千の風になって」。
明かりがつくと、母、妹、めぐみが祭壇に向かって正座し
ている。
その前に、与田と市田が立っている。
与田はマイク、市田は釘と金槌を手に持っている。
与田 いかがなさいますか?
母 え?
与田 お打ちになりますか? 釘。
母 え? 釘? 釘を打つんですか?
与田 ええ。
母 どこに?
与田 ですから、お棺です。棺桶のフタです。
母 え? フタに釘を打っちゃったら、出られなくなりません?
与田 ええ、出られなくなります。というか、出られないようにするんです。
母 え? どうして?
与田 まあ、いろんな説があるんですが、本当のところはよくわかりません。まあ、そういう風習ですね。
母 ええー。
与田 お打ちになります?
母 イヤだわ、そんなの。かわいそうよ。
与田 そうですか‥‥。では、妹さんはどうですか?
妹 え? どうして私なんですか?
与田 いや、一応、これは御親族様がお打ちになるということになっておりまして。
妹 ‥‥それも風習ですか?
与田 はい。風習です。
妹 ‥‥やりたくありません。
与田 そうですか。‥‥それでは、一応、恋人役ということで、いかがですか?
めぐみ え? 私?
与田 ええ。まあ、釘打ちの風習については私共よりよくご存知だと思いますが‥‥。何でしたら、お客様に解説していただけませんか?
めぐみ 悪いけど、お断りします。私の仕事ではありませんから。
与田 釘打ちがですか? 解説がですか?
めぐみ どちらも。両方とも。めんどくさいですから。(とタバコを吸い始める)
与田 ああ、そうですか‥‥。ええっと‥‥市田君、お願いできるかな?
市田 え? 何ですか?
与田 釘打ちの話‥‥できる?
市田 ああ‥‥。いいですよ。
与田 じゃ、お願い。(マイクを渡す)
市田 はい。‥‥えー、それでは私の方から説明します。
「釘打ち」と聞いて、ピンと来ない方も多いかも知れませんが、これは昔は日本中で行われていた風習なのです。
この風習の由来については諸説ありまして、元々は野辺送りの際にご遺体が飛び出さないようにという実際的な理由だったようなのですが、それが、死者がよみがえらないようにとか、死を封じ込めるとか、悪霊が取り憑かないようにとかいう宗教的な色づけがなされたり、あるいは、遺族に思いを断ち切らせるためとかいろいろ言われています。この釘打ちの際には、遺族がこういう丸い石でコンコンと叩くのですが、これも、三途の川の河原の石を模したものとか言われたりします。
この風習は、西日本では、かなり昔に廃れてしまったようなのですが、関東以北の、特に農村部などでは現在も行われているようです。‥‥以上、釘打ちの話でした。
与田 どうもありがとう。
市田 いえ、どういたしまして。
与田 じゃ‥‥打ちましょうか?
市田 はい。
葬儀屋、棺桶に歩み寄り、釘を打ち始める。
コンコンコン。
母 打たないでー! あの子がかわいそうよ! 一樹ちゃーん!(と泣く)
めぐみ うわああああああ。(唐突に号泣)
妹 ‥‥‥。
釘を打ち終わる。
棺桶の中からフタを叩く音がする。
一樹の声 おい! おい! 何すんだよ! おい! ふざけんなよ! おい!
母 一樹ちゃーん!
めぐみ うわああああああ。
一樹の声 うわあ、狭いよー! 暗いよー! 恐いよー! なんじゃこりゃあー!
やがて、静寂。
与田 終わりました。それでは、お別れです。皆様、祭壇に向かって合掌をお願いします。
合掌!
全員、合掌をする。
与田 それでは、お一人ずつ、お別れのお言葉をお願いします。では、恋人様からどうぞ。(とマイクを渡す)
めぐみ えー、ただ今ご指名にあずかりました山田めぐみと申します。本日は故人の恋人ということで参列させていただいております。
まあ、ご承知の通り、春先以来、世の中コロナ一色と相成りまして、ライブもできない、オリンピックもできない、お芝居もできない、結婚式もできない、とないないづくしの中、皆様の御列席にあずかり、このようにリアルバージョンで葬儀を挙行できましたことは、故人もさぞや草葉の陰で喜んでいることでしょう。えーっと(メモを取り出して)かものはしかずきさん‥‥(突然涙声)あなたは、この御時世の中で三国一の果報者ですよ。本当に、本当に、おめでとうございます。
葬式ができるのがめでたいなんて、ほんと、おかしいですよね? ほんとおかしいよ! 世の中狂ってる。でも、でも、それが現実で、私は、まだこんなに若いのに、大学だって行けないし、就職だってできるかどうかわかんないし、結婚だって、これはちょっと関係ないかもしれないけど、できるのかどうか‥‥。何故なんです? どうしてなんです? 私、何か悪いことしました? 生まれた時が悪かったんですか? 誰か答えて下さいよ! なんか言ってることがグチャグチャなんですけど、これじゃまるで結婚式の直後に夫を特攻隊に送り出す銃後の新妻じゃありませんか? こんなふざけた時代が再びやって来ようとは、お釈迦様でもご存知あるめぇ! もう、ヤケクソです。どうでもいいです。お国のために死んで下さい! 天皇陛下バンザイです。バンザーイ! バンザーイ! え? もう死んでるってか? アッハハハハハハハハ! コロナの馬鹿野郎! ‥‥以上です。
与田 ありがとうございます。では。(と、妹にマイクを渡す)
妹 あ‥‥、えーっと‥‥。これってどうなんですかね? だって、私、一応親族だから‥‥親族が別れの言葉とか変じゃありません?
与田 ‥‥‥。
妹 ‥‥‥。えーっと‥‥、いや、特に言うことがないというか、あんまりしゃべりたくないんですよね。家族のことについては。だから‥‥あんまり関係ない話、しますね。すみません。
えーっと、そうですね、何話そうかな? ‥‥あ、そうだ。これ、私の話じゃなくて、友達の話なんですけど、その根暗でコミュ障でオタクな友達の話。
その子の家は、まあ、ありがちなんですけど、DVの家というか、子供の頃から父親が暴力というより暴言なんですけど、毎日毎日どなり散らしてて、家の人はいつもビクビクしてたんだそうです。で、その父親は、もう頭がおかしいから、何がきっかけで暴れ出すかわかんない。晩ご飯のおかずの塩加減のことだったり、窓のサッシのほこりのことだったり、もうそこら中に地雷が埋まってる戦場みたいな感じで、毎日がサバイバル生活なんです。そんなだから、その父親は自動車で通勤してたんですけど、もう、家の前を通る車のエンジン音をね、子供達は完璧に識別できるようになってしまって、それで、父親が帰って来るまでの束の間の時間に、テレビでアニメなんかを見てるんですが、ブーンとその車の音が聞こえた瞬間に、みんな顔が引きつって、あわててテレビを消しちゃう。それがその子の子供時代の思い出の風景なんです。
でも、そんな恐怖の毎日が、ある日突然終わっちゃったんですよ。その父親が、心筋梗塞で倒れて、あっけなく死んじゃった。一応家族だから、知らせを受けて病院に行ったんです。そしたら、病院の廊下の壁がガラスになってて、部屋に着く前に、白い布を頭にかぶせられた父親を見ちゃった。それを見て「あ、死んだんだ」って思ったんだけど、何の感情も起こらない。ヤッターってうれしい気持ちにもならないし、もちろん悲しい気持ちにもならない。ただ、あの口がもう二度と怒鳴ることはないのだな、ということだけが頭にあって、それがとても不思議な感じがしたそうです。
それで、その子が言ってたんですけど、アウシュビッツの強制収容所に閉じ込められてたガリガリのユダヤ人が、連合国軍に解放された時の呆然とした表情の写真を見た時、ああ、これだなと思ったって言うんです。もちろん恐怖からは解放されたいんだけど、でも、その恐怖が完全に日常に溶け込んでいて、これが永久に続くのだと心のどこかで信じていた。それで、その恐怖への信頼みたいなのが不思議な心の安定感になっていたところがあるって。ほら、明けない夜はないって言葉があるじゃありませんか? でも、ずっと夜しか知らない人間は、夜明けの太陽を見ても、どうしていいのか分かんなくて困っちゃうんですよ。
‥‥って、何でこんな話をしてるんでしょうね? まあ、そういう死もあるってことかな? 人間って結構長く生きちゃう動物だから、全てのものには終わりがあるって理屈では分かっていても、それをなかなかうまく受け止められないし、適応できない、みたいな‥‥まあ、人間って、そういう、不器用でへんてこな生き物です‥‥って感じですかね?
与田 どうもありがとうございます。‥‥それでは、最後に、親族を代表して、喪主の鴨之橋美代子がご挨拶を申し上げます。(とマイクを渡す)
母 本日は一樹のためにお集まり下さり、本当にありがとうございました。
こうしてみると、葬儀の主役はやはり亡くなった人間なのだとしみじみと感じます。私事ではございますが、私は事情があって、きちんとした結婚式を行っておりません。せめて、自分の葬儀の時は、このように皆様の注目を集め、立派に主役を務めさせて頂きたいと切望する次第です。しかし、これからの葬儀はどうなるのでしょうか? ウィズ・コロナとか新しい生活様式とか言われますと、一抹の不安を感じざるを得ません。その意味で、私は一樹がうらやましく思われてなりません。
本日はどうもありがとうございました。(母、妹、めぐみ、一礼)
与田 ありがとうございました。
母 こちらこそ、いろいろありがとうございました。ほんとにわがままな子で、皆様にご迷惑をおかけして。
与田 我が儘ですか。‥‥そう言えば、自分の葬儀はすべからくセルフプロデュースで行うべきとおっしゃってましたね。
母 まあ、そんなことまで。‥‥ほんと、いったい誰に似たのかしら?
与田 でも、我が儘に死ぬのは、言うは易く行うは難しです。本当に思いのままに死のうと思えば、神になるか、自分で死を選ぶしかありませんからねぇ。‥‥究極のセルフプロデュースは自決です。
市田 んだ。んだ。おらもそう思うだ。
与田、マイクを手に取る。
与田 皆様の温かいお心に見守られて、故人様も無事、満足して旅立って行かれることと存じます。
それでは、名残は尽きませんが、ご出棺でございます。
鐘が鳴り響く。
全員、合掌。
音楽。「いちょう並木のセレナーデ」(小沢健二)
市田 この曲は、故人様が「出棺の際に使ってほしい」と生前に遺言されておりました小沢健二さんの「いちょう並木のセレナーデ」です。
全員が棺に歩み寄る。
与田 重とうございますから、ご注意下さい。
はい、どっこいしょ!
全員で棺を担ぎ上げる。
そのまま、ゆっくり退場。
葬列が去ると、音楽が変わる。
音楽。「喪に服すとき」(ハンバートハンバート)
やがて、反対側の袖から、フェイスシールドをつけた与田と市田が登場。
納体袋(遺体袋)を黙ってゆっくり引きずっていく。
そのまま袖に消えて行く。
おわり