ゑとぎばなし

【これは、2017年に高校演劇部の上演用に書いた台本です】

ひとりぼっちの女の子の話。逢魔が時、消えた女の子は、異界と現実の狭間をさまよう。自分探しの旅の物語。

 

   〈登場人物〉

    X 菜穂 A B C D E

 

  幕は閉まっている。
  上手から、古い自転車に乗った紙芝居屋(X)が何か(演歌?)歌いながら登場。
  舞台中央で自転車を止める。

X  さて‥‥と。
  (客席に向かって)よい子の皆さーん、元気ですかあ!

  X、客席に向かって聞き耳を立てる。

X  よい子の皆さーん、元気ですかあ?

  X、聞き耳を立てる。

X  ハァ。‥‥ここにはよい子はおらんみたいだねぇ。
  元気があれば、何でもできる!
  イチ、ニ、サン、ダアー!

  X、聞き耳を立てる。

X  ハァ。‥‥元気な子もおらんみたいだねぇ。
  アーユー、レディ?

  X、聞き耳を立てる。

X  うーん‥‥。レディもおらんみたいだねぇ。
  ‥‥シケシケだねぇ。‥‥いきなり一人で出てきてだよ、大声出してだよ、こんな格好させられて。‥‥ほんと、恥ずかしいんだよ。うちの家族だって見に来てるんだよ。ほんと、みじめだよ。さらしもんだよ。ちょっとはこっちの身にもなって協力してくれたっていいじゃない? ほんと、イマドキのJKは冷たいんだから。
  ‥‥でも、おじさんはこんなことでは負けない。おじさんはがんばる。
  さあ、紙芝居が始まるよー! よい子じゃなくても、レディじゃなくても寄っといで!

  ランドセルをしょったA、Bがのそのそと出て来る。

A  奥さん、お聞きになりました? 紙芝居ですって。
B  あーら、イマドキ珍しいですわね。
A  ちょっと見物して行きませんこと?
B  でも、スーパーのタイムサービスが始まっちゃいません?今日は、タスマニアビーフの特売ですわよ。
A  大丈夫。あと三十分ぐらいありますから。
B  それじゃ、それまでの間だけ。
A  ええ、そうしましょ。そうしましょ。

  A、B、紙芝居屋の前に座る。
  制服姿の女子高生(菜穂)が走ってくる。

菜穂 おっちゃーん。こんにちは!
X  おお、こんにちは。菜穂ちゃん、今日も来たのか?
菜穂 担任の先生につかまってしもて。間にあわへんかと思って、走って来た。
X  そんなに急がなくても大丈夫だって。菜穂ちゃんが来るまでは始めないから。‥‥何か悪いことして、先生に叱られたのか?
菜穂 そんなんとちゃうけど。
X  そうか。‥‥それじゃ、そろそろ始めるか。
菜穂 こないだの続き?
X  そうだよ。
菜穂 わあ、楽しみやなあ。
X  ではでは。
   レディース、アンド、ジェントルメン。よい子の皆さんこんにちは。大変長らくお待たせしました。お待ちかね、正義の戦士「プリキューティーZ」の始まり、始まり。
菜穂 いよっ! 待ってました!

  全員、拍手。

X  さてさて、怪人ブラックマンにだまされたプリキューティーXとYは、深い深い山奥まで連れて来られたのでありました。折から冷たい風がビュービューと吹きすさび、空には黒い雲が飛んで行く。何とも不気味な雰囲気であります。「こんなところにほんとにタカシさんがいるの?」「私、何だか恐いわ。」「フフフフ。ハハハハ。ワハハハハハ。」その時、ついに怪人ブラックマンはその正体を現したのであります。「タカシなどここにはいない。おまえたちを待っているのは、我々ワルワル団だ。」「あ、あなたは怪人ブラックマン!」「私たちをだましたのね!」「フハハハハ。今頃気づいてももう遅いわ。者ども、今日こそこの小娘たちをやっつけてしまうのだ!」「オウ!」迫り来るワルワル団の悪人たち。二人は、ジリジリと一歩また一歩と追いつめられて行きます。降り向けば、後ろは目もくらむような断崖絶壁。危うし!プリキューティーXとY!「助けて!お姉さま!」「助けて!プリキューティーZ!」二人はあらん限りの大きな声で叫びました。「フハハハハ。好きなだけ泣くがいい。わめくがいい。こんな山奥に助けなど来るものか。」その時です。「果たしてそうかな?」風の音を破って凜とした声が響きました。「そ、その声は?」いずこからともなく現れたのは、そうです。我らがヒーロー、プリキューティーZであります。「悪の影する所、必ず正義の光あり。」「お姉さま!」「やっぱり来てくれたのね!」「うぬ、また現れたか、プリキューティーZ。こうなったら、姉妹共々、地獄に墜ちるがいい。者ども、かかれ!」「オウ!」「私が来たからには、もう大丈夫。‥‥月の光のある限り、悪の栄えたためしなし。月の光でお仕置きよ!」ところがであります。その時、空が一転にわかにかき曇り、月の光が消えてしまったのでありました。「フハハハハ。天は我に味方した。月の光がなければ、さすがのプリキューティーZも手も足も出せまい。さあ、やってしまうのだ!」「オウ!」迫り来るワルワル団の悪人たち。絶体絶命の三人娘。果たして三人の運命やいかに?
‥‥と、今日はここまで。続きは明日のお楽しみ。
菜穂 えー! で、どうなんの? どうなんの? プリキューティーはやられちゃうん?
X  だから、それは明日のお楽しみ。また、おいで。
菜穂 うん。
A  さあ、行きましょうか?
B  今晩は何になさいますの?
A  そうねぇ、焼肉でもしようかしら?
B  あら、それは豪勢ですわね。
A  若い子はお肉が好きだから。でも、おかげで家計が大変よ。
B  ほんとほんと。また亭主のお小遣いを減らさないと。
A  そうよねぇ。うちもリストラするわ。
B  亭主びんぼで留守がいい。
A  亭主びんぼで留守がいい。
A・B  おほほほほ。

  A、B去る。

X  じゃ、おじさんは行くから。菜穂ちゃんも暗くならないうちに帰りなよ。
菜穂 はーい。
X  それじゃ、また明日。
菜穂 バイバイ。

  Xは自転車を押して下手に去る。
  菜穂は手を振っている。
  幕が開いて行く。
  カラスの声。
  サスの中に母親(C)が座っている。
  そこは菜穂の家。

菜穂 ただいまー。
C  こんな時間までどこに行ってたん?
菜穂 え? 紙芝居とか‥‥。
C  また、そんなしょうもないもん見てたん?
菜穂 しょうもなくないて。おもろいねんて。プリキューティーがな、ワルワル団に捕まってしもて、やられそうになってんねんか。
C  プリキューティー、プリキューティーって、あんたいったいいくつやの? あんなもん、小学生が見るもんやで。
菜穂 いくつになってもおもろいもんはおもろいの。
C  ほんま、情けない子やな。高校生にもなって、紙芝居やら、プリキューティーやら、母ちゃん情けのうて涙が出て来るわ。
菜穂 うるさいな。ええやろ。
C  とにかく、もう明日からは、紙芝居行ったらあかんで。
菜穂 えー! 何で!
C  当たり前やろ! こんな時間まで外で遊んでたら、子捕りに捕られてまうで。
菜穂 子捕りって何?
C  あんた、子捕りも知らんのかいな? 子捕りちゅうのはな、日が暮れてから遊んでるような悪い子供をさらってどこかに連れて行くねん。
菜穂 そんなんおるん?
C  ほんま何にも知らん子やな。‥‥母ちゃんが小学生の時な、隣の村の子が、かくれんぼしててな、なんかめっちゃややこしいとこに隠れた子がいてん。それで全然見つからへんで、そのうち日が暮れてしもてな、みんなあきらめて帰ってしもたんやけど、その子はずーっと隠れ続けてて、それで結局いんようになってしもたっちゅう話があったわ。子捕りに捕られたんやな。
菜穂 へー。でも、それは昔々の話やろ?
C  そやから、母ちゃんの子供の時の話や。
菜穂 そやから昔々の話やん。
C  そやから、母ちゃんの子供の時。
菜穂 そやから昔々の‥‥
C  もう! ほんま、憎たらしいこと言う子やな。そんなこと言うんやったら、もう晩ご飯は抜きやな。
菜穂 えー! そんなん殺生や!
C  あんたなんかに食べさせるご飯はありません。
菜穂 かあちゃん、ごめん。かんにんして。ご飯食べさせてーな。
C  それやったら、もう紙芝居行かへんか?
菜穂 えー、それとこれとは‥‥。
C  やっぱり晩ご飯はなしやな。
菜穂 そやかて、小学生の子も見に来てたで。それで、晩ご飯は焼肉なんやて。かあちゃん、うちも焼肉にしてーなー。
C  何でそんな贅沢せなあかんの? たくあんとみそ汁で十分や。
菜穂 えー。焼肉焼肉。
C  人様は人様。うちはうちやて。食べられるだけありがたいと思いなさい。
菜穂 えー。焼肉食べたい!
C  そんなに聞き分けが悪いんやったら、やっぱり晩ご飯はなしやな。
菜穂 そんなん、無茶苦茶でんがなー。
C  あんたが無茶苦茶やて。

  C、立って去ろうとする。

菜穂 かあちゃん
C  何?
菜穂 焼肉!
C  うるさい!

  C、去る。

菜穂 かあちゃんー!  

  菜穂、追いかけて去る。

  暗転。

  チャイム。

  学校。
  X、A、B、D、Eがいる。

X  整列!

  A、B、D、E、整列。

X  番号!
A  イチ!
B  ニ!
D  ゴ!
E  ロク!
X  ん? もう一回。番号!
A  イチ!
B  ニ!
D  ゴ!
E  ロク!
X  サンとシはどうした?
A  ユミちゃんは遅刻です!
X  遅刻? なんで?
A  大人の事情です。
X  ん? 大人の事情?
A  失礼しました! 子供の事情であります!
X  子供の事情? なんやねん? それ?
B  ただ今、着替え中なんです!
X  ん? 何で着替えてんねん?
D  先生!
X  ん? 何や?
D  知ってるくせに質問しないで下さい!
X  え。
E  私もそう思います! 大人げないと思います!
X  ん‥‥そ、そうか。まあ、それは、そういう意見もあるとして、聞いておくことにしましょう。‥‥それで、菜穂は?
A  菜穂ちゃんは、今日もお休みです!
X  今日も‥‥休みか。
A  はい!
B  先生!
X  ん? 何や?
B  菜穂ちゃんは登校拒否なんですか?
X  うわ。聞きにくいことをスバッと聞いてくんな。
D  もう一週間ですよ。
X  ああ、もうそんなになるかな。
E  ねぇ、どうなんですか?
X  どうなんですか、と言われてもやな。
A  先生は先生でしょ?
B  担任の先生でしょ?
D  知らないんですか?
E  そういう生徒の動向を詳細に把握する義務が担任にはあると思うんですが。
A  職務怠慢じゃないんですか?
B  そこんとこどうなんですか?
D  教育委員会にチクリますよ。
E  教員の生徒に対する監督責任についてどのようにお考えなんですか?
X  ちょ、ちょっと待ちーな。だから、だからやな、そんなに矢継ぎ早に言いたてることないやんか。そんなんいじめやで。
A  大人はそうやってすぐにごまかす。
B  大人はそうやってすぐに責任転嫁する。
D  大人はそうやってすぐに問題をすり替える。
E  大人はそうやって
X  うわー! やめて!
生徒たち  !
X  ‥‥やめて。‥‥わたしかて、わたしかて‥‥そら、私は教師かもしれんけど、その前に、一人の人間なんよ。‥‥か弱い一人の女の子なんよ。
生徒たち  ‥‥‥。

  C、現れる。

C  菜穂ちゃんはね、子捕りに捕られたんよ!
生徒たち  え! 子捕り!
C  うん。
A  子捕りって、誘拐犯? 人さらい?
C  そうとも言う。神隠しとも言う。
B  神隠しって、千と千尋の神隠し
C  うん。それそれ。それ系の話。
D  それ、ネットで読んだことがあるわ。何かな、神さんがな、子供とか捕まえて、あっちの世界に連れて行くんやて。
E  あっちの世界って?
D  そんなん、決まってまんがな。例の世界ですがな。霊の世界!
E  うわ、やめて。私、恐いのあかんねん。そっち系苦手やねん。
A  神隠しって、神さんちごて、ほんまは天狗なんやって。
D  え? 何それ?
A  テレビでやってたで。
D  夏の怪奇心霊特集?
A  うーん、たぶん、そっち系。
B  なあなあ、天狗って、ほんまにおるん?
D  あんた、そんなん信じてるん? あれはな、ほんまは、何か、日本に昔からいた山の民族らしいで。それで、それが里に下りて来たんを天狗って呼んだらしいわ。
B  それ、日本人とちゃうの?
D  さあ、よう知らんけど。
E  それもネット?
D  うん。どっかのサイトに書いてあった。
E  あんた、そんなんばっかり見てるん? そんなんどこにあるん? 私、見たことないで。
D  まあ、子供の見るサイトやないさかいな。
E  誰が子供やねん? あんた、ケンカ売ってるん?
D  別にそんなこと言うてへんやん。
E  言うてるやん!
D  言うてへんって!
A  まあまあ、ケンカはよし子さん!
E  うわ。しょーもなー。
D  おやじギャグやな。
A  うっさいな!
D・E  アハハハハ。
C  もう!
C以外  え?
C  何で、そんなに勝手に話を広げんの!
C以外  え?
C  私が子捕りって言うたんやから、子捕りの話にしてーな。
A  そんなこと言われてもな。
B  だいたい子捕りとか知らんし。
D  そーそー。
E  そーだ。そーだ。
C  あんたら、何で子捕りも知らんの!
A  ‥‥そんなこと言われてもな。
B  知らんもんは知らん。
C  そやからな、夕方、暗くなるまで遊んでる子供を子捕りがさらって行くねん。
D  さらうって、誰が?
C  そやから、子捕りやん。
E  だから、子捕りって何やの?
C  とにかく、そういうのがおんの!
A  なあなあ、それって、ひょっとして拉致事件ちゃう?
C  え?
A  子捕りって、ひょっとして、北朝鮮工作員とちゃう?
C  え?
B  え、そしたら、菜穂ちゃん、北朝鮮に連れて行かれたん?
A  ああ、その線はあるかもしれんなあ。
D  うわ、それは別の意味で恐いかも。
C  もう! ちゃかさんといて! 何であんたらそうなん?
C以外  ‥‥‥。

X  赤い紙がええか? 青い紙がええか?

生徒 え‥‥。
X  赤い紙がええか? 青い紙がええか?
生徒 え‥‥。
E  ‥‥先生‥‥どないしたん?
A  ‥‥先生、何言うてんの?
X  昔々の話や。学校の中で鬼ごっこして遊んでた子供らがいてんか。夢中になって遊んでたら、知らん間に夕方になってしもて、そろそろ帰ろうかと思てた頃、急にトイレに行きたくなった女の子がいてん。かなり薄暗くなってきてたし、家までがまんしようと思てたんやけど、もうちびりそうになって、辛抱たまらんようになったんや。けど、もう校舎はカギが閉まってたし、空いてるのは体育館の隅の古ーいトイレしかなかったんやわ。めっちゃ気色悪くて普段は誰も使わんトイレやねんけど、しょーことなしにそこに入ったんやわ。それでおしっこして、見てみたら、紙がないんや。うわ、困ったなあと思てたら、どこからか声がしたんやわ。
赤い紙がええか? 青い紙がええか?
D  あ、その話知ってる。読んだことあるわ。
E  またネットちゃうん?
D  そーそー。
B  ‥‥で、どっちの紙がええのん?
A  ‥‥「赤い紙」って言うたら?
D  血だるまになるねん。
X・D以外  えー。
E  「青い紙」って言うたら?
D  血を吸われて真っ青になるねん。
X・D以外  えー。
A  ほな、どっちもあかんやん。
B  ほなら、「黄色い紙」とか言うたらええのんちゃう?
D  「黄色い紙」って言うたらなあ‥‥。
X・D以外  うん?
D  でっかい男がやって来て、背中にかつがれて連れ去られてしまうんや。
X・D以外  えー。
E  ‥‥そのでっかい男って、何やのん?
D  ‥‥それはな、
X・D以外  うん?
X  それは、怪人赤マント!
生徒たち  うわー!

  生徒たち、一斉に逃げ去る。
  X、取り残される。

X  ちょ、ちょっと、あんたら、どこ行くの? ‥‥ちょっと、授業が始まるで。授業。

  誰も戻ってこない。

X  早よ、戻ってきーな。サボったら校長先生に言いつけるで。

  誰も戻ってこない。

X  そやから‥‥。もう! あんたら、何なん? もう、勝手にしよし。‥‥トイレ行こ。

  X、去る。

声  赤い紙がええか? 青い紙がええか?
Xの声  赤い紙! キャー!

  暗転。

  音楽。(矢野顕子「ごはんができたよ」)
  ♪ごはんができたよって母さんの叫ぶ声
ボールが見えなくなった 父さんも帰る頃さ
楽しかったよ今日も うれしかったんだ今日も
ちょっぴり泣いたけど こんなに元気さ

  夕暮れっぽい。
  菜穂がとぼとぼと歩いてくる。
  ふと立ち止まり、

菜穂 ここはどこ?
  私は誰?
  ここはどこ?
  私は誰?
  ここはどこ?
  私は誰?
  ここはどこ?
  私は誰?
  ここはどこ?
  私は誰?

  あたりを走り回る。
  しばしの間。

菜穂 あほくさ。‥‥はあ‥‥けっこう疲れたな。休憩しよかいな? ‥‥どっこいしょ。

  座る。

菜穂 どっこいしょって、まるでおばはんみたいやな。アハハ。

  しばし考える。
  また、立ち上がる。

菜穂 どっこいしょ。(座る)どっこいしょ。(座る)どっこいしょ。(座る)‥‥何でどっこいしょって言うんやろ?

  しばし考える。

菜穂 わからん! ま、ええか。‥‥さて‥‥と。けっこう歩いたな。かなり遠くまで来てしもたな。‥‥ほんま、ここ、どこなんやろ? 誰にも会わへんし。‥‥マジで、ここはどこ? 私は誰? やわ。
おーい! おーい! 誰もいいひんの?

  返事はない。

菜穂 おーい! ‥‥誰もいいひんなあ。ひとりぼっちやなあ。

昔々、あるところにひとりぼっちの女の子がいました。
ひとりぼっちの女の子には友達はいませんでした。
ひとりぼっちの女の子には兄弟もいませんでした。
ひとりぼっちの女の子はいつも一人で遊んでいました。
ひとりぼっちの女の子は一人で起きて一人で寝て一人で夢 を見ました。
ひとりぼっちの女の子は夢の中で神様に言いました。
神様、私はどうしてひとりぼっちなのですか?
すると神様は答えました。
人間というのはね、一人で生まれて来て、一人で生きて、 そして一人で死んで行くのだよ。
それを聞いて、ひとりぼっちの女の子は言いました。
だから、どうして?
すると、神様が答えました。
理由はないのだよ。そう決まっているのだよ。
女の子は言いました。
だから、どうして?
神様が言いました。
だからもへったくれもない。そうだからそうなんだ。
女の子は言いました。
だから、どうして?
神様が言いました。
うるさい! 黙れ!
神様は恐い顔ををして女の子をにらみました。そして、どこかに行ってしまいました。
それで、ひとりぼっちの女の子は夢の中でもひとりぼっちになってしまいました、とさ。
おしまい。

うわ。なんちゅー話や! マジで病むわ、これ。子供の素朴な疑問に大人はちゃんと応えんと。心無い大人の対応が、子供を非行に走らせるんやな。ほんま。

声  かくれんぼする者、この指とーまれ!

菜穂 え?

声  かくれんぼする者、この指とーまれ!

菜穂 え?

声  いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう。もういいかーい?
声  まーだだよー。

  Aが走ってくる。

A  あんた、何してんの? はよ、隠れんと!
菜穂 え? え?
A  捕まってまうやろ! はよ!
菜穂 あ、ああ。

  菜穂、A、適当に隠れる。

声  もういいかーい?
声  まーだだよー。

  B、C、Dが走ってきて、隠れる。

声  もういいかーい?
菜穂以外 もういいよー。

  赤マントの姿をしたXが現れる。

X  悪い子はいねーがー?
全員  ‥‥‥。
X  泣く子はいねーがー?
全員  ‥‥‥。

  Xが探す。

X  悪い子はいねーがー?
全員 ‥‥‥。
X  泣く子はいねーがー?
全員 ‥‥‥。

X  さっちゃんみーつけた!

  Aが捕まる。

X  みゆきちゃんみーつけた!

  Bが捕まる。

X  なみちゃんみーつけた!

  Cが捕まる。

X  さなえちゃんみーつけた!

  Dが捕まる。
  X、菜穂の所にやって来る。

X  赤い紙がええか? 青い紙がええか?
菜穂 え?
X  赤い紙がええか? 青い紙がええか?
菜穂 ええっ?

  菜穂、見つかってしまう。

X  菜穂ちゃん、みー
Eの声  待て!
X  そ、その声は?

  Eが現れる。

菜穂 あ、プリキューティーZ!

  照明、月夜に変わる。

E  悪の影する所、必ず正義の光あり。
菜穂以外  お姉さま! やっぱり来てくれたのね!
X  ううぬ、また現れたか、プリキューティーZ。
E  私が来たからには、もう大丈夫。‥‥月の光のある限り、悪の栄えたためしなし。月の光でお仕置きよ!
A・B  いよっ、日本一!
C・D  キャー、かっこいい!
X  こ、こしゃくな。いつもいつもそうそうやられてばかりいられるか! 今日こそ悪の力を思い知らせてやるわ!
E  望むところだ!

  音楽!
  二人にピンフォロー。
  大衆演劇的なチャンバラ立ち回り。
  最後にプリキューティーが勝つ。

E  まいったか、赤マント!
X  ううう、くそう!
E  観念するんだ! もう悪いことはしないか!
X  わかった。‥‥もう、しない。

  全員、拍手。

E  よし。どこへでも行け。もう二度と現れるな。
X  畜生! 覚えてやがれ!

  X、走り去る。
  全員、拍手。
  菜穂、プリキューティーに駆け寄る。

菜穂 あ、あのう。
E  ん? あなたは?
菜穂 あ、わ、私は、山西菜穂って言います。ずっとずっと前から、あなたのファンでした。
E  菜穂さんね。それはどうもありがとう。
菜穂 はい。‥‥あのう。
E  何?
菜穂 あの、握手してもらってもいいですか?
E  え、握手? ええ、よろしくってよ。

  プリキューティーと菜穂、握手する。

菜穂 ありがとうございます。‥‥あのう。
E  他に、何か?
菜穂 あの、どうして赤マントを逃がしたんですか? あいつはまたきっと悪いことをしますよ。
E  ハハハハ。あれは、あれでいいのよ。
菜穂 え? なぜ?
E  悪を憎んで、人を憎まず、よ。
菜穂 え。
A・B  いよっ、日本一!
C・D  キャー、かっこいい!

  菜穂以外、拍手。

E  じゃ、また、いつか。

  プリキューティー、手を振って去ろうとする。

菜穂 待って下さい!
E  え?
菜穂 ‥‥待って下さい。
E  ‥‥どうしたの? 何か用?
菜穂 あ、あの。
E  どうしたの? フフ。緊張しなくていいから。
菜穂 あの‥‥着いて行ったらダメですか?
E  え? 着いて行く?
菜穂 私を連れて行って下さい!
E  え?
菜穂 プリキューティーZさん。お願いです。私を一緒に連れて行って下さい。
E  え? ‥‥そんなの‥‥急に言われてもねぇ。‥‥困ったな。‥‥あのね、あなたには帰るおうちがあるでしょう?
菜穂 ありません!
E  え?
菜穂 いや、あったのかもしれんけど‥‥、私、迷子になっちゃったみたいなんです。ひとりぼっちなんです。だから‥‥。
E  迷子‥‥。ひとりぼっち‥‥。
菜穂 お願いします!
E  ‥‥‥。
菜穂以外  お願いします!
E・菜穂 え?
A  私も連れて行って下さい。
B  私も連れて行って下さい。
C  私も。
D  うちも連れてって。
E  え? え? ‥‥みんな、どうしたのよ?
A  私も迷子なんです。
B  私もひとりぼっちなんです。
C  迷える子羊なんです。
D  うちも。
E  えー。‥‥そんなこと言われてもねぇ。
菜穂以外  お願いします!
菜穂 お願いします!

  E、しばし考える。

E  ‥‥‥。もう。しょうがないわねぇ。
全員  わーい。
E  でも、自分のおうちが見つかったら、帰るのよ。それまでという約束。できる?
全員  はーい。
E  じゃ。行きましょうか。

  音楽(SEKAI・NO・OWARI「RPG」)。
  プリキューテイーと少女たちは歩き始める。
  Aが、舞台前に出る。

A  こうして、私たちは旅に出ることになりました。

  暗転。

  菜穂、A、B、C、Dが座っている。

B  私はねぇ、ほんま、頭が悪いんよ。学校で授業聞いてても先生が何言うたはるか、さっぱりわからへんし、テストはいつも赤点やし。うちで「勉強せえ」って言われるけど、勉強って何したらええの? もう、そこからわからへんの。教科書とか見てたら、五分もせんうちに眠たくなるし。もう、私の頭の中、きっと脳みそちごて、信州みそでも入ってるんやわ。
A  そんなんやったら、学校おもんないやろ?
B  うん、授業中は最悪。で、スマホとか見てたら、教師は怒りよるし。
C  あ、それ、わかるわ。おもんない授業の教師に限って、すぐ怒りよるやろ? 「お前は何しに学校に来てるんや?」って。
D  少なくとも、あんたの授業を聞きに来てるんとちゃうし!
全員  アハハハハ。
A  小学校の時からそうやったん?
B  小学校の時からそうやった。
A  そんなんで、よう非行に走らへんかったな?
B  まあ、そういうヤンキー系の友達もいたけど、自分でヤンキーになろうとは思わへんかったなあ。別に真面目でいようとか思てたんとちゃうけど、何かな、根性がなかったんかな? ほら、そういう、グレるんとかにも、勇気みたいなんがいるやん?
C  うん、いるいる。私がほんまにそうやわ。
A  え? 非行に走りそこなったん?
C  いやいや、そうとちごて。私な、ほんまに根性ゆーか、勇気みたいなんがないんやわ。めちゃめちゃ恐がりで臆病やねん。それで、もう「自分、最低!」って落ち込むことがしょっちゅうあるねん。
D  それって、どういう根性? どういう勇気?
C  それは、まあ、いろいろあるねんけど、ほら、例えば、ここは言うとかなって時があるやん? 人生には。そういう時、いつも全然あかんねん。びびってまうねん。それで、後でめっちゃ落ち込むねん。
B  それって、もしかして、「私と付き合って下さい!」みたいな?
全員  キャー!
C  ちゃうちゃう。そんなんちゃうし。
B  ほな、何なん?
C  ほら、何か選ばなあかん時とか、決めなあかん時とかあるやん? そういう時、全然選べへんし、決められへんの。それから、断るのもできひん。NOって絶対言えへんもん。
B  「ごめんなさい。お友達でいましょうね。」みたいな?
全員  アハハハハ。
C  だから、ちゃうって! そらな、そういうコクる、コクられるみたいなんもたぶんできひんと思うけど、今のところ経験がないし。
A  それって、勇気がないっていうより、気ー使いすぎるんとちゃう? 必要以上に空気を読んでしまうみたいな感じで。
C  かなあ?
A  そやって。
C  かなあ? そういう風に考えたことなかったけど。
D  そういう風に空気読めるん、うらやましいわ。
C  え? どういうこと?
D  うちな、空気とか全然読めへんねん。ヒトの気持ちってゆうのがわからんちゅうか、一応自分では考えてるつもりなんやけど、それでも、やっぱりわかってへんちゅうか、何か、いらんこと言うて、結局怒らしてしもたりするみたいなんかな?
A  かな? って言われても。
B  怒らしてるの? 怒らしてへんの? どっち?
D  いや、怒らしてるねん。
A  それやったら、そう言いな。初めから。
D  ええ? やっぱり怒らしてる?
C  別に怒ってへんけどね、確かに何かイライラはするな、あんたのそのしゃべり方。
D  ああ、それ、よう言われる。
B  わかってんのやったらなおしーな。
D  それが、ようわからへんねん。
B  だから、何が? 何がわからへんの?
D  そやから、何がわからへんのか、ようわからへんのかな?
B  かなって、もう!
A  まあまあ、押さえて、押さえて。‥‥へぇ。みんな、それなりに悩みとか持ってんねんなあ。
B  そら、そやろ。
C  そら、あるて。悩みの一つや二つぐらい。
A  いやあ、みんなお気楽そうにしてるから。
B  お気楽そうって何やねん?
C  失敬やな。
A  ごめん。ごめん。そういうつもりで言うたんやないねん。みんな、それぞれに闇を抱えながらがんばって生きてるねんなあって。
B  闇って何? 闇って?
C  ほんま失敬やわ。
A  ごめん。‥‥そやけど、いろいろあんねんなあ。頭が悪いとか、勇気がないとか、ヒトの気持ちがわからんとか‥‥あれ? え? なんか、これってどっかで聞いたことない?
B  これって?
A  ちょっと待って‥‥頭が悪くて、勇気がなくって、ヒトの気持ちがわからんって‥‥そういう悩みの話、どっかにあったんちゃう?
C  え? それって小説? ドラマ?
A  絶対あったって。‥‥えーっと、何やったかいな? 知らん?
B  え? 知らんなあ。知ってる?
C  え? そんなんあったかなあ?

  全員、考える。

菜穂 わかった!
菜穂以外  え?
菜穂 オズの魔法使い
菜穂以外  え?
菜穂 そやから、オズの魔法使いやって。
B  そんなん知らんわ。
C  どんな話やったっけ?
D  うち知ってるよ。ええっとね、主人公が女の子で、名前がドロシーっていう子で、その子の家が竜巻で吹き飛ばされて、それで、冒険に出かけるねん。そしたら、いろんな人に出会うねん。で、何か脳みそがないやつに出会うねん。それがね、‥‥ええっと何やったっけな?
B  脳みそがないって、化けもんの話?
D  ちゃうって、メルヘン。
B  脳なし男のメルヘン?
C  それって、顔なしみたいやな。
B  ほんまほんま。アハハハ。
D  うるさいな! 黙ってて! ‥‥えーっとねぇ。
菜穂 かかし!
D  あ、そうそう、かかし。かかしに出会うねん。‥‥知ってるんやったら、続き、あんた説明して。
菜穂 え? 私? ‥‥えっとねぇ、その脳みそのないかかしは頭が良くなりたいって思ってて、それで、次はブリキの木こりに出会うんやけど、そのブリキの木こりは、心がほしいって思ってるねん。それから、今度は、臆病なライオンに出会うんやわ。それで、そのライオンは勇気がほしいって思ってるねん。
D  あんた、よう覚えてるなあ。
菜穂 童話とかメルヘンとか好きやったし。小さい頃、そんなんばっかり読んでた。
B  へぇ、すごいな。本とか読んだことないわ。
C  で、どうなるんやったっけ?
菜穂 まあ、話すと長いんやけど、ドロシーは、その三人を引き連れて、あっちこっち旅をして、魔女をやっつけたりして、最後に元の所に帰って来て、めでたしめでたし。
B  ちょい待ち! その話って、何かに似てへん?
B以外  え?
B  ほれ、似たような話あったやん? 親分が子分を引き連れて旅をするみたいな。
C  親分が子分を連れて旅をする?
A  わかった!
C  え? 何?
A  桃太郎!
C  あっ、そうか!
B  うん。それやわ、それ!
D  確かに、桃太郎は、親分が子分を連れて旅をするなあ。
B  そやろ。そやから、そのなんちゃらかんちゃらは、桃太郎のパクリやな。
D  オズの魔法使い
B  ああ、それそれ。
菜穂 パクリってことないと思うで。国も違うし。
B  いやいや、パクリやって。そのオズのなんちゃらの人が、桃太郎を読んでたんやて。
A  かなあ?
菜穂 そんなこと言うたら、西遊記かて、親分が子分を連れて旅をするやん?
B  さいゆうき?
菜穂 孫悟空の話。
B  そしたら、孫悟空も桃太郎をパクったんやな。
菜穂 えー。西遊記の方が古いはずやで。
B  そんなことない。桃太郎は、昔々のお話や。
菜穂 西遊記は、そのもっと昔々のお話や。
B  桃太郎は、そのもっともっと昔の‥‥
A  まあまあ、押さえて、押さえて。
 ‥‥それにしても、菜穂ちゃんは、いろんなこと知ってるなあ。本ばっかり読んでたん?
菜穂 ばっかりってことはないけど、友達がいいひんかったしね。
A  兄弟は?
菜穂 兄弟もいいひんかった。
A  へぇ、そうなんや。
D  さびしくなかったん?
菜穂 まあ、それが当たり前やったからね。小さい頃から。それがさびしいって言われたら、さびしいのかもしれんけど。
D  ふーん。
C  大きくなっても、友達いいひんかったん?
菜穂 そら、一応、クラスメイトとかはいたけど‥‥。
C  いたけど、何?
菜穂 あれって、友達ちゅうんかなあ、って。
B  え、ひょっとして、いじめられてたん? 菜穂ちゃん、いじめられっ子やったん?
菜穂 いや、別に、いじめられてたわけではないけど‥‥。
B  ないけどって、何やの? はっきりせん子やな。
菜穂 いや‥‥、誰かがゆーてたんやけどな、孤独っていうのは、単なるひとりぼっちのこととちごて、たくさんの人の中にいて感じる孤独がほんまもんの孤独なんやって。
B  え。何それ? 何か難しい話やな。
A  それも本に書いてあったん?
菜穂 うん。
C  ほんまもんの孤独って、何?
菜穂 ほんまもんの孤独っていうのは‥‥私も、きっちりわかってるわけやないんやけど、ほら、女の子とか、よう集まって、おしゃべりとかするやん?
C  ガールズトーク
菜穂 うん。それそれ。そのガールズトークで、アイドルの話で盛り上がったり、コイバナで盛り上がったりするやん?
C  うん。するな。
A  それが、どうかしたん?
菜穂 そういう時、何か、私はひとりぼっちやなあって思ったりせーへん?
A  え、どういうこと?
B  言うてることがわからんのやけど。
菜穂 そやから、いろんな話をして盛り上がってるねんか。で、自分も盛り上がってるんやけど、ほんまは全然盛り上がってへんで醒めてるの。そういうの、ない?
B  えー。言うてることがさっぱりわからんわ。
菜穂 わからへんかなあ?
D  うち、何かわかるような気がするわ。
B  え、あんた、わかんの?
D  いや、わかってるんかどうかわからんのやけど‥‥あれちゃうん? 周りの空気読んで盛り上がってるみたいなふりするんとちゃうん?
菜穂 あー、それそれ。そういう感じ。
A  えー。何でわかんの? あんた空気読めへん人とちごたん?
D  いや、だから、空気が読めへんから、その辺のことに敏感になるねん。
C  なるほどねー。深いねぇ。
B  それって、要するに、嘘つきか?
D  そういう言い方したら、身も蓋もないやん。
C  嘘つきちゅうより、演技とちゃう? お芝居。
B  お芝居?
菜穂 あー。お芝居。それやわ。それ。
A  へぇ。
C  私な、学校で演劇部に入ってたんやけど、演劇部の子って、そういうタイプの子が多いで。
B  そら、お芝居やからなあ。
A  ねぇ、それって、どういうタイプ?
C  そやから、菜穂ちゃんタイプ?
A  だから、それって、具体的にはどういうの?
C  何かねぇ、演劇部の子って、みんな仲良しやねん。いつもみんなでワイワイと楽しそうにやってるねんけど、この子ら、ほんまは絶対仲良しちゃうな、って思うことがけっこうある。
B  やっぱり嘘つきなんやな。
C  嘘つきって言うより、何か恐いんとちゃうかな? ほんまの自分を出したら壊れてしまいそうで。
B  壊れるって、何が?
C  だから、友達関係とか。
A  さすが臆病なライオンやな。分析が鋭い!
D  でも、そういうの、演劇部だけちごて、みんなもあるんちゃう?
B  え? そうかな?
D  そういうハミるのが恐いみたいなんは、けっこう女の子あるあるちゃう?
A  そう言えば、そうかもしれへんねぇ。
C  女の友情ちゅうやつ?
A  何それ?
C  だから、女の友情はあてにならない。
A  うわ、それ、ひどいわ! ‥‥でも、当たってる気もするな。
C  な、そやろ?
A  うん。
菜穂 女の子だけちごて、人間、みんなそういうのがあるんちゃうかな?
D  え? 何? 男の友情?
菜穂 いや、友達関係だけとちごて、みんな、わかり合えてるふりだけしてるんとちゃうかな? ほんまはわかり合えてへんのに、わかり合えてるふりをしてる。
B  ようわからんけど、何かかっこええな。
A  さすが文学少女やな。
菜穂 だから、ほんまのところ、みんなさびしいんとちゃうかな? ひとりほっちなんとちゃうかな? みんな、それぞれに孤独を抱えて生きてて、そやから、友達を作ろうとするし、わかり合おうとする。ほんまのところは、たぶんわかり合えへんのがわかってて、それでもわかり合おうとする。
菜穂以外  ‥‥‥。
A  ‥‥孤独を抱えて生きる、か。
C  ‥‥わかり合えへんのがわかってて、わかり合おうとする。
D  ‥‥みんな、ひとりぼっち、か。
B  ‥‥全然わからへんけど‥‥何か深いな。
菜穂 なあ、そんなことない?
菜穂以外  ‥‥うん。

  しばしの間。

全員  昔々、あるところにひとりぼっちの女の子がいました。
ひとりぼっちの女の子は神様に言いました。
神様、私はどうしてひとりぼっちなのですか?
すると神様は答えました。
人間というのはね、一人で生まれて来て、一人で生きて、そして一人で死んで行くのだよ。
それを聞いて、ひとりぼっちの女の子は言いました。
だから、どうして?
すると、神様が答えました。
理由はないのだよ。そう決まっているのだよ。
ひとりぼっちの女の子は言いました。
神様、人はどうしてひとりぼっちなのですか?
神様は、少し困ったような顔をして、黙っていました。
人はどうしてひとりぼっちなのですか?
人はどうしてひとりぼっちなのですか?
神様、さみしくはないのですか?
さみしくはないのですか?
さみしくはないのですか?

菜穂 ‥‥さみしくは、ないの?

  音楽(ビートルズ「フール・オン・ザ・ヒル」)。

  暗転。

  夕方。
  菜穂とA、B、C、D、Eが腕立て伏せをしている。

全員  さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん、さんじゅうし、さんじゅうご、さんじゅうろく、さんじゅうしち、さんじゅうはち、さんじゅうく、よんじゅう。よんじゅういち、よんじゅうに、よんじゅうさん、よんじゅうし、よんじゅうご、よんじゅうろく、よんじゅうしち、よんじゅうはち、よんじゅうく、ごじゅう。

全員  はぁー。

  それぞれに転がったりのたうち回ったりする。

A  あーしんど。
B  きつー。
C  もうむりー。
D  ‥‥次、何やったけ?
菜穂 次はねぇ、腹筋六十秒。
A  えー。
B  死ぬー。
C  もうむりー。
D  ‥‥ちょっと‥‥ちょっと、休憩せーへん?
菜穂 そーやね。
A  休憩しましょ、休憩。

  全員、休憩。
  しばしの間。
  Eが、ムチを持ってやって来る。

E  こらあ!

  全員、ビクッ!

E  お前ら、何さぼっとんのじゃ!(ムチをビシッ)
A  ‥‥い、いや、ちょっと休憩を‥‥。
E  何? 休憩?
E以外  ‥‥‥。
E  ああ、そうなの? ご休憩タイムなの?
A  ‥‥あ‥‥はい。
E  ちょっと、疲れちゃったかな?
B  はあ‥‥ちょ、ちょっと。
E  けっこうきついもんねぇ?
C  え‥‥ええ。
E  かわいそうにねぇ。
D  い‥‥いや、それほどでも。
E  でも‥‥そんなので、地球の平和が守れるのかな?
菜穂 え? ‥‥さ、さあ?
E  守れるわけないだろ! このボケが!(ムチをビシッ!)
E以外  ひぃぃぃぃぃぃ。
E  さあ、お立ち! ほら、さっさと立つんだよ!(ムチをビシッ!)
E以外  あ、は、はい!

  全員、立つ!

E  全員、うさぎ跳び!
E以外  え、ええー!
E  (ムチをビシッ!)ムチの力でお仕置きよ!
E以外  ‥‥‥。
E  こら! さっさとやらんかい!(ムチをビシッ!)

  全員、うさぎ跳びを始める。

E  ほらほらほら、正義の道は甘くないんだよ! アハハハハ。アハハハハ。(ムチをビシ、ビシ)

Xの声  SMごっこはそこまでだ。
E  ん?

  全員、ストップ。
  Xが登場。

X  赤い紙がええか? 青い紙がええか?
E  性懲りもなく現れたな。赤マント!
X  それはこっちのセリフだ。正義の美名に名を借りて、しかしてその実態は児童虐待の悪行三昧。SM趣味の変態女。
E  うるさい! 黙れ!
X  お嬢ちゃんたち、覚えておくがいい。本当の悪は、善人の顔をして忍び寄って来るってことを。
少女たち  ‥‥‥。
E  ええい。黙れ! 黙れ! 黙れ!さあ、みんな、訓練の成果を見せる時よ! やってしまいなさい!
少女たち  ‥‥‥。
E  何をしてるの! 私の命令が聞こえないの?(ムチをビシッ!)
X  ハハハハ。子供はねぇ、いつまでも子供のままでいるわけじゃない。いつかこの世の真実を知るのさ。‥‥さあ、どうする? お前さんの頼りの月もまだ出てないようだが。
E  く、くそう。
X  もうすぐ日が暮れる。何なら、少し待っててやってもいいぜ。武士の情けというやつでな。
E  こ、こいつ‥‥言わせておけば。
菜穂 あ!
A・B・C・D  え?
菜穂 ひこうき雲!(前を指さす)
A  あ、ほんまや。
B  ほんま。ひこうき雲や。

  少女たち、舞台の前の方に歩いて行く。

C  きれいやなあ。
D  きれい。

  少女たち、空を眺めている。

E  あ、あんたたち、何してるの? そんなことをしてる場合じゃないでしょ?
X  ‥‥そんなことをしてる場合だよ。
E  え?

菜穂 どこ行くんかなあ?
A  外国まで行くんかなあ?
B  アメリカ?
C  ブラジル?
D  インドネシア
菜穂 私も遠くに行きたいなあ。
A  私も行きたい。
B  私も。
C  私も。
D  うちも。

  しばしの間。

菜穂 あ。
A  え?
B  何?
菜穂 お日さんが沈むわ。
C  あ、ほんまや。
D  ほんま。

  少女たち、夕日を眺める。

A  赤いなあ。
B  大きいなあ。
C  きれいやなあ。
D  うん、きれい。

  少女たち、歌い始める。

少女たち  ♪夕焼け小焼けの赤とんぼ おわれて見たのはいつの日か

  音楽。(ドボルザーク新世界より 家路」)

A  ほな、ぼちぼち帰ろかな。
B  そやな。
菜穂 えー、みんな、帰っちゃうの?
C  うん。お母ちゃんに怒られるし。‥‥今日の晩ご飯、何やろな?
D  焼肉やったりして。
A  えー、焼肉?
B  ええなあ、焼肉。
D  いや、そやったらええなあってゆーてるだけ。
A・B・C  なーんや。
A  ほな、バイバイ。
B  バイバイ。
C  焼肉食べたーい。
D  ほなねー。また明日。
A・B・C・D  ♪夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る お手々つないでみな帰ろ カラスと一緒に帰りましょ

  A・B・C・D、去って行く。

菜穂 ‥‥‥。

  菜穂、再び夕日を見つめる。

X  夕陽を見つめてはいけないよ。
菜穂 え?
E  夕陽を見つめてはいけない。
菜穂 え? ‥‥なぜ?
X  夕陽を見つめていると、さみしくて仕方なくなるからね。
菜穂 え?
E  夕陽を見つめていると、向こうの世界が見えたりするからね。
菜穂 ‥‥向こうの世界って?
X  ほら、向こうの世界から、誰かが君を見つめているだろう?
菜穂 え?

  菜穂、向こうの世界をのぞき込む。

菜穂 あ。
E  見えたかい?
菜穂 う、うん。
X  それは、誰だい?
菜穂 それは‥‥それは‥‥私?
E  そうだよ。それは、君なんだ。ひとりぼっちの君なんだ。
菜穂 ‥‥ひとりぼっちの私。‥‥でも、どうして?
X  なぜって? 知ってるくせに。
菜穂 え?
E  君はひとりぼっちで生まれて来て、ひとりぼっちで生きて、ひとりぼっちで死んで行くからさ。
菜穂 え?
X  夕陽を見つめてはいけないよ。夕陽を一人で見つめてはいけない。
E  自分を見つめてはいけないよ。自分の孤独を見つめてはいけない。
X  やがて君は吸い込まれてしまう。
E  自分を見失ってしまう。
菜穂 え? あなたは‥‥あなたは誰?
X  赤い紙がええか?
E  青い紙がええか?
菜穂 え?

  突然、暗転。

菜穂の声  キャー!

  紗幕が下りる。

  明かりがつく。
  紗幕の前に菜穂。
  紗幕の後ろに、X、A、B、C、D、E。

菜穂 こ、ここは?
ここはどこ? あなたは誰? 私は誰なの?

ここはどこ? 私は誰?
ここはどこ? 私は誰?
ここはどこ? 私は誰?

  歌が聞こえて来る。

少女たち  かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀とすべった 後ろの正面だあれ?

  Cが現れる。

C  こんな時間までどこに行ってたん?
菜穂 あ、かあちゃん
C  かあちゃんやないやろ? もう、そんな悪い子はうちの子やないわ。
菜穂 え?
C  あんたは不良や。そんな子は、もう、子捕りにでも捕られてしもたらええわ。

  C、消える。

菜穂 かあちゃん

  AとBが現れる。

B  何でタスマニアビーフになさらなかったの?
A  ちょっと気が変わりましたの。
B  気が変わったって?
A  やっぱりね、一度贅沢するとクセになるでしょ?
B  じゃ、焼肉はなさらないの?
A  トリの焼肉っていうのも、あれですからね。
B  じゃ、どうなさるの?
A  すき焼き?
B  それはダメよ、奥さん。トリだったら、やっぱり水炊きでしょ?
A  だけど、水炊きはたくさん食べちゃうから。
B  ほんと、奥さん、始末のいいことで。
A  あら、そうかしら?
A・B  オホホホホ。

  AとB、消える。
  DとEが現れる。

D  ほんま、菜穂ちゃん、どこに行ってしもたんやろなあ?
E  ほんまになあ。
菜穂 あ、さなえちゃん、ゆみちゃん!
D  マジで子捕りに捕られてしもたんやろか?
E  ああ、拉致な、拉致。
菜穂 私、ここにいるで。私は、ここにいるよ。
D  マジで北朝鮮やったら、洒落にならんなあ。
E  ♪異人さんに連れられて行っちゃった。
D  あんた、歌てる場合ちゃうやろ?
E  そう言うあんたも、半笑いやん?
D  そんなことないて。
E  いーや、そんなことあるし。
D  もう! ひょいとその辺から出てきいひんかなあ?
E  そんなんあるかいな。ネコやあるまいし。
D  いやいや、わからんで。呼んでみよかな? おーい。
E  おーい。
菜穂 おーい。
D  菜穂ちゃーん。おーい。
菜穂 おーい。
E  おーい。ニャーン。ニャーン。
D  こら、ふざけんなって。おーい。
菜穂 おーい。

  DとE、消える。

菜穂 おーい。‥‥おーい。

  しばしの間。
  拍子木の音。
  紗幕が飛ぶ。
  紙芝居屋(X)と、見物の少女たちが現れる。

X  レディース、アンド、ジェントルメン。よい子の皆さんこんにちは。大変長らくお待たせしました。お待ちかね、正義の戦士「プリキューティーZ」の始まり、始まり。
A  いよっ! 待ってました!

  少女たち、拍手。

菜穂 おっちゃん!
X  おっ、何だ?
菜穂 おっちゃん‥‥私の声が聞こえるん?
X  聞こえるよ。
菜穂 え! じゃあ、もしかして、私が見えるん?
X  あたりまえだろ? 変なことを言う子だな。
菜穂 じゃ、じゃあ。
X  何だい?
菜穂 ひとつ、聞いてもいい?
X  おう、何だい?
菜穂 じゃあ、聞くよ。‥‥ここはどこなの? 私は誰なの?
X  え?
菜穂 ここはどこ? 私は誰?
X  何だよ、それ? 君は、君だろ?
菜穂 え?

  間。

X  君は‥‥君だよ。
菜穂 え?
少女たち  後ろの正面だあれ?
菜穂 !

  音楽。(矢野顕子「ごはんができたよ」)

♪義なる者の上にも 不義なる者の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る
いい人の上にも 悪い人の上にも
静かに夜は来る みんなの上に来る
つらいことばかりあるなら 帰って帰っておいで
泣きたいことばかりなら 帰って帰っておいで

  幕。

                         おわり